約 399,673 件
https://w.atwiki.jp/himegari/pages/34.html
魔術名 出現Lv 消費精気 熟練度増加値 効果 闇の治療 E 10 2 味方ユニットのHP・FSを最大値の50%分回復する 浄化 D 異常Lvx2 1 悪い効果パラメータを回復・種類と強さによって消費が変動 強制帰還 C 8 1 出撃中のユニットを強制的に帰還させることができる 兵士転移 B 30 6 占領地内に出撃ユニットを転移させる 暗黒槍 A 50 10 敵ユニット1体のHPを1にする(ボス以外) - S - - 全ての魔術の消費精気が半分になる 邪神招聘 M 200 敵味方全ユニットのHPを1にする(ボス以外) 序盤は移動で減ったFSを闇の治療で回復して熟練度を稼ぐ。Dになったら罠踏んでLv1状態異常→浄化を繰り返すと効率よく熟練度が稼げる。通常は消費5につき熟練度+1だが、この方法なら消費2で熟練度+1になり、精気比では最高効率を誇る。 01-04などが稼ぎやすい。ブロンズコインを消費して再訪する価値は十分にある。死骸の盾装備で毒を治療すれば楽に稼げそうに見えるが、死骸は毒5なので治療に精気10必要になる。 消費10で熟練度+1ではむしろ効率は最悪で、それなら毒ダメージを闇の治療で治した方がマシ。 積極的に魔術を活用していれば無理に稼がなくとも問題なく上昇していく。兵士転移などは便利だが消費が大きいため、無理に上げても序盤は出撃メンバーが多いとそもそも使えない事も。 Sランクになって消費半減してからが本番。基本精気が200を超えてくると転移や槍を常用できるようになる。 強制帰還は帰還したユニットの消費コスト分が還元されるため、使用前よりも使える精気が増える事も多い。精気還元は通常の方法で帰還しても同じなので、精気総量は間違いなく減ってる事に注意。あくまでもその場凌ぎの小技。 Sランクで消費が半減するが、熟練度増加量は変わらない。
https://w.atwiki.jp/tmnanoha/pages/392.html
無限の欲望の生み出せし神々の遊戯盤――― 盤上が今宵、闘争の庭として用意した地は海鳴町であり、冬木市であり そのどちらでもないゴーストタウン。 中に放り込まれた駒は二つ。 その性能は戦略兵器に匹敵するとまで言われるミッドチルダSランク魔導士。 その中においても若き英雄と謳われる空戦のエース。 不敗の神話と聖剣伝説を築きし稀代の剣士。 騎士の頂点に立つ「騎士王」の称号を授かりながらも非業の最期を迎えた王。 ―――そこに、世界を塗り潰す不確定要素として飛び込んだイレギュラーが一つ。 古代に君臨せし最強の魔人。 かつて世界をその手に収めた半人半神の英霊。 人類最古の英雄王。 共に絶大な力を持つ、時代を築きし者達が織り成す戦いという名の輪舞。 地上、建造物の至る所に突き立った宝剣。 倒壊した大地。 町の景観は夥しい数の弾痕や斬傷で見る影もない。 まさに熾烈極まりない闘争の余波で、既にフィールドの4分の1が焦土と化している。 その大地にて――――― 時空を超え、次元を超えて………再び対峙する二対の宝具。 「…………」 眉目秀麗な騎士の少女が敵を見据えて立つ。 その身体のどこを探しても傷を負っていない箇所など無い。 だというのに、まるで瀕死である事を感じさせない威風堂々たる姿で、彼女は悠然と佇む。 もはや一言も発する事のない口は決意の意と共に固く引き結ばれ その体の中央で両の手に構えた、黄金に輝く剣に―――己が全てを委ねる彼女。 「もはや何も言うまい―――」 対するは黄金の豪奢な鎧に身を包んだ灼眼の男。 少女の強大な戦意を余す事無く受け止め、まるで揺るがぬ最強の英霊に恥じぬサーヴァント。 王が達観と共に呟く。 己に向けられた殺気……光り輝く人類最強の聖剣を前にして 彼もまた自身の宝物庫から一振りの剣を取り出した。 まるで以前からの約束であったかのような、まるで術技立てられた様式美のような そんな自然さで、両者は手に持つ剣と剣を突き合わせる。 所詮、今までの攻防など茶番――― そう……この対峙こそが二人の戦いの全て。 騎士王と英雄王の戦いの縮図そのものであったのだ。 ―――――― だがその縮図こそ―――そのまま二人の圧倒的な力の差を映し出している。 それは「聖剣では覇王剣を打ち破る事は出来ない」という事実。 このままでは騎士王は英雄王に屈服せざるを得ないという覆しようの無い真理。 ――――故にあと一手。 戦況を根底から覆す、あと一手が必要だった。 ………… その最強の敵を打破し得る一打とは―――― 即ち騎士の少女に祝福をもたらす「勝利の鍵」を差し込む事。 二人の対峙――その趨勢を見守る白き天使が 遥か上空にて、聖剣の担い手に福音を降らせんと翼をはためかせる。 三者を取り巻く空気が彼らの膨大な力の奔流によって軋み始める。 黄金の柱と、鈍色の赤き風と、桃色の波光とが世界を三つに斬り分ける。 震える大地。 翻弄される大気が―――― この壮絶な戦いの最終ラウンドの開始を告げる戦唄となるのであった。 ―――――― 数刻前―――― 「セイバーさん! セイバーさんッッ!!」 雷鳴渦巻く暗雲と闇に閉ざされた空の下に、一人の女性の声が響き渡る。 白がベースの清楚なデザインの法衣を纏った栗色のツインテールの女性。 その長い髪の先がくたびれているのは、突如として彼女を襲ったいつ終わるとも知れない激戦のせいであろう。 彼女は魔導士。 それも並の脅威では傷一つ負う事の無い、ケタ外れの技量を持つ時空管理局のエース級魔導士。 類稀なる才能と己が力に溺れぬ努力の末に身につけた珠玉の戦技。 それによってもたらされた数々の偉業により、彼女は若くして「エースの中のエース」と呼ばれる存在となる。 しかしてその彼女が、今――― 荒い息を整える事すら出来ずに壁に寄りかかり 折れそうになる体を支えながらに必死の呼びかけを続ける。 見ればその髪だけではない。 彼女の纏う法衣の所々に斬り裂かれた跡があり、焼け焦げた跡があり 白い生地には赤く滲んだ箇所が随所に見られる。 彼女が纏っているのは、次元世界ミッドチルダの科学力が誇る汎用魔力強化型戦闘装束・バリアジャケット(BJ)。 堅い物理防御に加え、体表面を覆う反物質コーティング(フィールド)を備えた、魔力で編まれた不可侵の鎧である。 それがここまでボロボロになる事が、今の彼女を襲った脅威の凄まじさを如実に物語っていた。 魔導士―――高町なのはの前には、立ちはだかる敵がいた。 戦技無双を誇る彼女をして攻略の目処の全く立たない、規格外の強敵。 術の限りを尽くしてなお微塵の突破口すら見出せず 彼女は自身、数えるほどしか陥った事のない絶望的状況に追い込まれていた。 その魔導士の立つ横には………一人の少女がぐったりと倒れ付していた。 銀色の鮮やかな甲冑。 その下に青を基調とした戦装束に身を包む、西洋の騎士然とした金の髪の少女。 なのはより頭一つ小柄な肢体。 その体中に大小様々な傷があった。 肩口からバッサリと断たれた切傷を筆頭に、裂傷、擦過傷から貫通された跡まで――― ここまでの負傷を受ければ常人ならば激痛でショック死しているであろう。 此度の戦いにおいて少女は迫る敵を前になのはの前線を務め 白刃に晒されながら後衛の彼女を守って戦い そして相手の埒外の攻撃の前に力尽き―――その身を地につけた。 応急の手当てすらままならないこの状況では傷口を洗ってやる事も出来ない。 一刻も早く男の包囲網を抜け、少女に適切な処置を施さなければ、という思いが、冷静な教導官の思考に焦りの影を落とす。 おもむろにセイバーの傷口―――赤黒く腫れた箇所に手を当てるなのは。 専門的な心得は無い彼女であったが基本的な触診くらいなら施せる。 指の頭で微妙に強弱をつけて傷口を押す。 ………………… (これは………本当に急がないと…) なのはの顔がやおら青ざめた。 痛覚に位置するそれを刺激してやっても、少女の身体はピクリとも反応しなかったから。 もう…………感覚すら無いのだ。少女の肉体は。 この少女はもはや戦えない。 高町なのはを驚嘆せしめた剣技が、スピードが再び発揮される事は無い…… 「セイバーさん……どうしてあんな無茶を…」 その呟きには言い知れぬ感情が篭っていた。 無謀としか思えない中央突破。 血飛沫を撒き散らしながらケモノのように咆哮し、西洋人形を思わせる美しい貌を歪ませて 牙を剥き出しにしながら敵に飛び掛ったあの狂態。 なのはとて十分に分かっている。 この騎士は自分が貶められただけではああいう風にはならないだろう。 きっと心の奥底で最も大事にしていたもの、もしくは人……そういった類のものを傷つけられたのだ。 騎士は誇りを抱いて生きるもの。 その誇りを汚された時、命を賭して守ろうとするのもまた事実。 理解していた……そして自分が口出しするような事ではないことも。 「でも、それでも……」 トクン、と――― 「死んじゃったら、おしまいなんだよ…?」 魔導士の胸の鼓動が高くなった気がした。 諸共に疼いてしまう―――過去の傷跡。 自分の眼下で無残に倒れ伏している血染めの少女と かつてその無茶な行動から命を落としかけ、ヴォルケンリッター鉄槌の騎士に抱かれる自分の姿がフィードバックする。 あれ以来、心に決めた。 無茶はしない――無謀な行為を何よりも自重する。 自分にも、そして仲間にも。 その誓い………小さな胸のしこり。 なのはの心中に生じた微かな揺らぎ。 その異物を彼女は―――今は無理やりにでも胸の奥に仕舞い込むより他にないのだった。 ―――――― 闇夜に始まったこの戦いは数刻を経過し、空は雲に覆われてはいるものの 微かに白み始め―――確実に明けの兆しを見せている。 この世に明けない夜は無い。 いつまでも暗い曇天が続くわけではない。 だが、とあるビルの屋上にて傷だらけの身を寄せ合う二人の戦士。 高町なのはとセイバーは―――このままでは夜明けを迎える事は出来ない。 魔導士が空を見上げる。 その眼前に広がるのは、星だった。 曇りのはずの空にまるでプラネタリウムのように大小様々な星が光沢を放ち、存在を主張している。 ………………………… ……言うまでもない矛盾。 曇天に輝く星など無い。 よって今、夜空を照らす星光など見える筈もなく 無数の星屑は、そう見えるだけの別の物でなくてはならない。 果たしてそれは――――――無限の宇宙に広がる星々に見える……… ――― 刃だった ――― そう、空には今、数百を超える刃の群れがあった。 鈍色の赤に染まった空間から幾多の波紋が起こり、中から彼らは貌を覗かせる。 各々が確固たる意思を持って無限に広がる上空一帯に鎮座する。 そのあまりの威容―――百戦錬磨のエースをして戦慄を感じざるを得ないほどの絶景。 獰猛な異彩を放つ刃の群れが余さず彼女達を見ている。 空を、自分達を悔しげに睨む白き魔導士を嘲笑う。 お前らはここで斬り刻まれ、貫かれて果てるしかない 絶対に逃がさない まるで刃の一本一本が口を揃えて、その殺意を叩きつけてくるかのようなおぞましい光景。 実際には刃に意思が灯る事などは無い。 ならば今、彼女達に降り注ぐ悪意の塊のような意思こそ――二人の前に立ちはだかった「敵」の放つものに他ならない。 未だ敵の姿は見えず、追撃の兆しはない。 だが、彼が一度その侵攻を開始すれば――― 一度号令を下せば、上空を覆う凶刃の群は彼女らに一斉に降り注ぎ、全てを終わらせる。 言わば自分達は手の平の上で遊ばされている虫も同然の身。 相手がその手を握り込めば、二人は抵抗も出来ずに無残に握り潰されるのみなのだから――― 「…………考えるんだ」 常人ならば恐怖に押し潰されてしまうそんな状況下で、余計な事を考えている暇などない。 負の感情。ネガティブな可能性。そして芽生えそうになった騎士の少女に対する―― その他一切のノイズを振り払い、魔導士高町なのはは限界まで思考を巡らせる。 「突破口は必ずある……諦めちゃったら、そこでお終いだ…」 居並ぶ凶刃。その威容をキッと見据えるなのは。 蒼白な顔で気を失っているセイバーの頬に手をやる。 高町なのはの表情にいつもの戦意――千の味方を鼓舞させる気勢が蘇る。 絶望の中にあって絶望に溺れず、遥かな底に見える希望に向かってただ一心に手を伸ばす。 そうやって幾多の者を、世界を救ってきた彼女こそ――不屈のエースと呼ばれた空の英雄に他ならないのだから。 ―――――― 現状においてあの相手を自分一人の手で退けるのはどうするか? 一体どのような戦術を取るべきか? またどれほどの事をせねばならないのか? エースオブエース高町なのはをして、思考するにつれて その端麗な顔が苦渋に歪むのも無理からぬ事だろう。 10年における戦歴において数多くの敵を圧倒してきたなのは。 彼女の戦闘スタイルの根源はまず敵の攻撃を受け止めて撃ち返す所から始まる。 謂わばガチンコの力比べ。それで押し通せれば良し。 ぶつかった結果、敵の力が自分以上であるならば、それに対応した戦術で相手を絡め取ってまくる。 それらの戦法の支柱となるのが突出した自身の火力と出力と防御力であるのは言うまでもない。 だが今、そのうちの一つ―――防御力に全く頼れない戦況…… いつもの戦い方を推し通せない――― それが自然、魔導士の戦闘スタイルに大きな影を落とし 本来の性能の70%しか発揮出来ない状況を作ってしまっている。 ―― 戦いにおいてこれさえあれば無敵などというものはそうそう無い ―― それは彼女の長きに渡る求道の末に培った「戦いの基本概念」とも言うべきもの。 信念であり、彼女の戦術の骨子たるものでもあった。 だが今、彼女は―――限りなく無敵に近いモノを相手にせねばならない。 ゲートオブバビロン――― 奇しくも自分と同じ射撃武装でありながら、その範囲・射程・速射性能諸々がケタ違いの全門掃射攻撃。 まるで戦艦の一斉射を髣髴とさせるが如き射撃は、弾切れ、リロード、その他一切の制限がないというデタラメ仕様。 威力は弾丸1発1発でさえ彼女のシールドを脅かす程……つまり一発の被弾=致命傷である事は疑いようが無い。 また不幸にも、かつて高町なのはが教え子と模擬戦を行った際の出来事を見ると なのはの防御を曲がりなりにも一番初めに破ったエリオ・モンディアルの持つ槍のように 「貫」というのは「斬」「打」「砲」等の他の諸々攻撃手段と比べても最も盾を抜くのに効率が良い。 ならばギルガメッシュの宝具斉射こそ――高町なのはの防壁にとって鬼門以外の何物でもない事はもはや明白だった。 魔導士は思考する。 攻防共に付け入る隙を与えない武器を持つ相手。 これを突き崩すには――― その10年に渡る戦いの中で培った、自分以上の力を持つ相手と戦った場合の対処法。 それに対抗する手段を残らず引き出し、模索していく。 「隙を見出すとしたら武装の方じゃなく………使用者…」 ガチン、ガチン、と―――彼女の思考がパズルのように組み上がっていく。 そう、武装の攻略がままならないのであれば武器の使用者を崩す以外に道は無い。 言うまでもなく極めて厳しい道であるが、だがそんな戦況であるにも関わらず、なのははそこに一筋の光明を見た。 敵がセイバーであったならこんな戦術は取らない。 何故ならそれは、彼女が手に持つ武装に勝るほどの使い手であるからだ。 決して崩れない、思考の隙を突き難い相手に対してほぼ来ないチャンスを待って戦うなど自殺行為である。 「でも、何と言うか………あの人は…) そう、騎士王セイバーに比べるまでもなく、英雄王ギルガメッシュは…… 朧げながら、か細い糸を手繰るように勝利への道を模索する魔導士。 その思考が勝算という名の蜘蛛の糸に手が届く――― ―――――ナノハ… ―――寸前……… その耳に消え入りそうな小さな音が響く。 なのはがハッと目を見開く。 半ば自身の思考の渦に入り込んでいた彼女の横から、弱々しい――― 掠れた声をかける者がいた―――― ―――――― 「ナノハ」 静かな―――それは消え入りそうなほどに静かな声だった。 かつて古の戦場に響き渡った美しき王の声は、凛とした鳥の嘶きに例えられた。 そんな力強くも心地良かった騎士の声。 だが今、なのはの耳に届いたものにその面影は全くない…… 絶え絶えの息の合間に懸命に搾り出されたようなその呟き。 それは紛れもなく――死の淵に立つ者のそれだった。 「セイバー、さん………良かった」 だがなのはの心中に初めに広がったのは、兎にも角にも安堵。 下手をすればこのまま……という可能性すら考えていた魔導士にとって、その言葉は―― 意識を取り戻してくれたという事実は何よりの励みだったに違いない。 知らず、ホッと胸を撫で下ろす白衣の魔導士。 緊迫した空気が何よりの朗報に一瞬、弛緩する。 だが………そんな高町なのはの耳に――― 「―――私に、考えがあります…」 ―――信じられない言葉がかけられたのだ。 全身を紅に染め上げられた歪なアート。 目尻から滴り落ちる赤い液体が頬を伝い、まるで血涙のように少女の白い肌を汚している。 「ちょっと待って……? まさかセイバーさん…」 まだ戦うつもり?と言葉を続けるまでもなかった。 そんな瀕死の状態だというのに、彼女の瞳は――紛れもない戦闘継続の意思を示していたのだから。 「迷惑をかけた………済まない。 この失態は必ず我が剣で払って見せます…」 血染めのマリオネットが、切り裂かれた全身などまるでお構いなしに立ち上がろうとして―― 「ハァ、ハァ………う…」 「無理だよセイバーさん! もう戦える状態じゃない!!」 なのはにその身を抑えられ、再び床に寝かされる。 「ナノハ―――それは侮辱だ。 我々サーヴァントを人間と同じように見て貰っては困る。」 瞳に抗議の色を灯すセイバー。 だが、なのはには騎士の言葉など聞く気は無い。 (こんな…こんな体で……) あの力強かった少女の肉体は今や見る影もない。 自分の膂力にすら抗えず、押さえ付けられてしまうのだ。 そんな死に体の身で、彼女は再び戦場に出ると言う――― 「さしたる問題ではありません。 多少この身を切り裂かれたとて、頭と心臓をやられなければ戦える。 この肉体は……普通の人間のそれとは根本的に違うのですから」 トクン、――――― その時、なのはの鼓動が先程と同じように……乱れた。 こんな事を言われて重症者を「はいそうですか」と戦いの場に出す魔導士ではなかったが故に。 「……………だからあんな無茶したの?」 必死に抑えていた。 それは彼女の行動理念に反する行為。 自身の心の最も深い部分に刻まれたトラウマでもある――― 騎士の言動はそれを刺激するに余りある行為であったのだ。 なのはの表情からスゥ、と感情が消えていく。 それは己を省みず無謀な行動をしたセイバーに対する―――怒りによってのもの。 「ナノハ………あの男は強大だ。 無茶もせず命も賭けずに勝てる相手ではない」 「じゃあ聞くけど、さっきのは明確な勝算があっての行動?」 「そ、それは……」 痛い所を突かれたセイバーが言葉に詰まる。 ただひたすらに煮えたぎるような感情を叩きつけていた 憎しみと怒りに駆られ、狂戦士と化した先程の自分。 そこに明確な勝算や正当性があったかなど―――聞くまでもない…… 「全然、らしくないよ……セイバーさん。 何をそんなに躍起になっているの?」 「…………」 両者の間をえも言われぬ緊張が支配する。 「それは言えない。 だからこそ――不実はこの身を賭して注ぎたい」 「この身を賭して? 命を捨ててって事…?」 「はい。 貴方の作ってくれた勝機を生かせず、敵を討ち取り損ね…… こうして窮地を招いてしまったのは私の落ち度だ。 その不明、我が誇りに賭けて再び勝利への道を切り開く事で償いとしたい。」 「出来るの? そんな体で。 戦えるの? そんな傷だらけの状態であの人と。」 「確かに速度や膂力を維持するのは難しい。 だからこそ――」 「自業自得だよ」 …………… 騎士の血に濡れた顔が……一瞬、唖然とする。 予想だにしなかった魔導士の剣呑な物言い。 その薄緑の瞳が、人懐こい笑みを常に称えていた、あどけなささえ残した彼女の――― 高町なのはの、まるで血が凍ったかのような冷徹な表情を映し出す。 「聞いてくれナノハ……私は貴方に、」 「いいよ。その先は言わなくても」 まるで対照的な二人の相貌を、屋上に吹く風が静かに撫でていた。 ここが火急の戦場だという事すら忘れて、セイバーが呆然とパートナーの顔を見る。 「ナ、ナノハ……」 予想だにしなかった突然の魔導士の拒絶。 ――― 今のセイバーさんとは肩を並べて戦えない ――― と、その目が告げていた。 情緒に溢れた女性だと、慎ましくも確かな友愛を感じさせた彼女。 常に人を率いて戦うが常だったアーサー王。 故に誰かの指揮で戦場を駆ける事に一抹の不安を覚えていたこの身が、高町なのはの指揮で動く事には心地良ささえ感じていた。 その彼女の突然の豹変は、セイバーの脳裏にかの虚ろな光景を去来させる。 即ちアーサー王の落日―― かつて友だと思っていた者たちが皆、自分を残して円卓を去っていった光景。 信じて、守って、尽くして、背中を預けた筈の仲間に背中から斬り付けられた――― ――― アーサー王は人の心が分からない ――― 自分が信じて突き進んだ道は皆の描く願いとはまるで違っていて 全てが滅びゆくその瞬間までそれに気づけなかった自分。 こんな不明な己だからこそ、愚かな自分だからこそ――――少女は悟る。 「―――信に足らないという事か………無理もありません」 セイバーの瞳に一瞬、悲しげな光が灯り――― そして、それを相手に悟られまいと顔を伏せ、表向きは毅然とした口調で返答を返す。 そう………冷静になって考えてみれば無理も無い事だ。 元々は何の義理もない行きずりの関係だったのだ。 助力を申し出てくれたのも彼女の「管理局」という立場上、そうする必要があったから。 だがしかし、それも命あっての物種である。 今の自分の有様。 そして完全に勝機の潰えた戦況。 自分の不明で好機を潰してしまった事実。 彼女がここへきて踏み止まり、自分に手を貸してくれる理由は皆無―――見捨てられて当然。 その不明を濯ぐため、無理やりにでも意識を叩き起こした騎士であったが パートナー同士の信頼……否、利害が費えた今、もはや何を言っても詮無い事であろう。 「――――――――分かりました。 ならば当初の予定通り、貴方はこの場から離れて下さい。 貴方の技量ならばこの状況を切り抜け、逃げ切る事も可能でしょう。」 ならば今の騎士に出来る事はただ一つ。 凛とした声に悲哀の色は微塵もない。 元々、この戦いは自分の物だ。 それをここまで助力してくれた魔導士に感謝こそすれ、恨む筋合いはない。 その彼女が撤退するというのなら―――自分は追いすがる敵を押し留め、隙を作るのみ。 サーヴァントの肉体には強い治癒能力がある。 その恩恵で先程に比べ、行動を起こせる程には回復していた。 少女が荒い息を何とか整え、重い体を無理にでも起こす。 そして短いながらも共に闘ってくれた魔道士に別れの言葉を――― 「セイバーさんは動かないで」 ……………… 「あとは私が何とかするから」 ……………… 「……………………」 「……………………」 二人の間にたゆたう時間が――――止まった。 ―――――― セイバーの表情が固まる。 何を言われたかまるで理解出来ず、身を起こそうとしたその姿勢のまま ポカンとした様相で、なのはの冷徹な表情を見つめている。 「聞こえなかった? なら、もう一度言うけれど……… 私が一人で闘うからセイバーさんはじっとしててって、そう言ったんだよ。」 対して単語の一つ一つを吟味するように、まるで聞き分けのない子供に接するように セイバーに言って聞かせる高町なのは。 騎士の呆然とした表情が次第に怪訝なそれへと変化していく。 「―――――何を言っているのです?」 「何か問題あるのかな…? 今のセイバーさんは心身ともにまるで使い物にならない状態。 そんな人を連れていっても足手まといになるから残って欲しいって……別におかしな事じゃないでしょう?」 「……………気は確かですか?」 「確かも何も普通の判断だと思うけど。」 「ナノハ」 おぼつかない足取りながら剣を支えに立ち上がり、魔導士と向かい合うセイバー。 その目には先程までの弱々しさはなく――まるで敵を前にした時のような眼光を称えている。 「駄目だよセイバーさん。大人しくしていて」 「貴方は私に何を求めている? 我が不手際に対する謝罪の言葉か?」 「………」 「それとも、先の醜態の理由を包み隠さず話せと? いくら問い詰められようと私とて言えぬ事はある。 それを無理に掘り下げる権利が貴方にあるのですか?」 「別にそこに興味があるわけじゃない。今はむしろどうでもいい事だよ… でも言ってセイバーさんの気が済むなら聞くけど?」 「っ、」 ギリっ、と騎士の歯が鳴る音がした。 「フ―――これは意外でした……案外、陰湿な性格なのですね。 何が気に入らないのか私には分りかねるが わけの分からない駄々をこねて人を困らせるのも時と場合を選んで欲しいものだ。」 「私の言おうとしてること……分からないの?」 「分かる筈が無い。 あの男は本来、私の敵で貴方は部外者に過ぎない。 だのに何故、私を差し置いて貴方が一人で死地に赴くという結論になる?」 互いに昂ぶった感情のままに相対する二人。 そのまま一気にまくし立てるセイバーである。 「言っている事が滅茶苦茶だ! 貴方がみすみす死にに行くのを私が認めるとでも思っているのか!? 人を嬲るのも大概にして欲しい!」 「そうだね。そんなの許せるわけないよね。 ………………………私も同じだよ。」 バチバチ、と――まるで火花が飛んでいるかのような視線のぶつかり合いは続く。 「じゃあ、はっきり言うけど………今のセイバーさんはまるで抜け殻だよ。 自分を盾にして、もし死んじゃっても構わないってそう思ってる。 何としても生き残るっていう気概がまるで無い。」 「理想論ですね―――相手はあの英雄王で、しかもこの戦況。 何の犠牲も払わずに流れを変えられると思っているのですか? それに私は騎士だ……死ぬ事など恐れはしない。」 「何度でも言うけど、今のセイバーさんじゃ盾にすらならない。 私を圧倒した時とは全然違う。 下らない妄執で動いてるだけの未熟な剣士にしか見えないよ。」 なのはのその見立て――― 期せずして今のセイバーの状態を完全に見抜いていた。 アロンダイトの斬撃は騎士王の肉体より心を壊す。 それによって負ったセイバーのダメージは心身にまで及び、知らず思考に死の影を落としていたのだ。 そんなパートナーを戦いの場に出すわけにはいかない―――それこそが高町なのはの本意。 「私を愚弄するのか―――取り消して下さい」 「取り消さないよ。貴方は自己満足に浸ってカッコ良く散ればそれで満足かも知れない。 でも目の前で死なれる方の気持ちを考えたことはある?」 言葉についには殺気が篭るセイバー。 だがそれを正面から受けて、なのはも一歩も引かない。 このような事をしている場合でない――― そんな事は百も承知の筈の、冷静な二人らしからぬ仲違い。 二人とも、その胸の奥にしまっていたトラウマを抉られ、つい心のブレーキが効かずに感傷的になってしまう。 「…………もう――――よい」 鼻で大きな溜息を漏らし、乱れた息を沈めながらにセイバーは魔導士に背を向ける。 「これ以上は無意味です。 どうやら貴方とは決定的に価値観が違うようだ…… 去るが良い。情報の収集を求めるならば、後日改めて―――」 「行かせないよ」 「―――――ほう」 何とこの場にてレイジングハートを騎士に向ける高町なのは。 それを背中越しに見やるセイバーの双眸にも危険な色が灯る。 「今、行かせたらセイバーさんに後日なんて無いもの。 それでも行くっていうなら止める……たとえ貴方を叩きのめしてでも。」 「メイガス―――私の頬を二度も張れると思っているのか?」 一触即発の危険な香りが漂う。 エースオブエースと騎士王の殺気が屋上に充満する。 共に一騎当千の者同士の一触即発のやり取りだ。 常人が居合わせようものならストレスで胃腸が擦り切れてしまうだろう。 だが―――それは言葉ほどに剣呑なやり取りではなく 見るものが見たら恐怖どころか微笑ましいものすら感じたかも知れない…… 何故ならばその喧嘩は価値観が違うというものではなく、どちらもその根底にあるものは同じ。 互いを心配する余り、その行動を否定されたばかりに語気が荒くなってしまっているだけなのだから。 要するに―――似たもの同士なのだ。 見る者が見ればどう見ても「喧嘩するほど何とやら」なやり取り。 何と馬鹿馬鹿しい、そして微笑ましい意地の張り合いであろう。 だがそれは放っておけばおく程に収集がつかなくなり、もはやいつまで続くとも知れぬ千日戦争の様相を呈していた。 故に彼女らに勝手に冷戦じみた口喧嘩を始められて、一番所在がなくなる者は―――言うまでもない。 「―――――人類の歴史が紐解かれてより幾星霜」 「「っ!!」」 そんなやり取りを初めは歪な笑みと共に見守っていた黄金の超越者だったが 流石のウルクの王もついぞ痺れを切らして呆れ顔で水を差さざるを得ない。 「この我を前に仲違いを始めるマヌケ共など……貴様らが最初で最後であろうな」 ビルの屋上―――― 給水塔の上で頬杖をしながら男は二人のじゃれ合いを観覧していた。 互いに息遣いが感じられる程に顔を寄せ合い、唸りあっていた両者が戦慄に固まる。 今現在、自分らが置かれている現実に引き戻され、その声の主…………倒すべき敵に向かって身構えるのだった。 「――――いつから、そこにいた?」 「たわけ――今更、威嚇などしてどうするというのだ? 我がその気ならセイバー。 貴様は既に186回死んでいたわ。」 「ッ、! そうか………ならば、あと100回分ほど待たせる事になりそうだ。 こちらはまた話がついていない。」 「男子に対してただ待て、と? つくづく行儀の悪い女よな」 クク、と笑う英雄王に対して浮き足立つのも一瞬。 兎にも角にも敵と対峙してしまった以上、剣の英霊のやる事は一つ。 黄金の王に対してその身を半身に切って構える。 正直、この時点で自分の考案した作戦を魔導士に話していなければならなかったのだ。 作戦を練れる十分な時間があったにも関わらず、それを言い争いに回してしまったのは痛すぎる。 もはや、いちかばちかの玉砕戦法より他に取るべき道がない――― 「ダメだよ……セイバーさん。」 だが、何とここに来てまだ自分を静止してくる魔導士。 流石の少女もげんなりとした表情を隠せない。 「ナノハ―――この期に及んでまだ貴方は!」 「違う……このままじゃダメなの。 さっきまでと同じ事をしてたら私達は勝てない あの人の戦術に飲み込まれて……二人ともここで終わる」 「―――――」 耳の端でなのはの言葉を聞いていたセイバーだったが その言葉に巨大な違和感を感じ、彼女は異論を挟まずにはいられなかった。 「ナノハ。あの男に戦術などありません」 「あるよ……凄い戦術 ううん、もしかしたら戦略レベルかも知れないほど。」 「いや……アーチャーの事なら私の方がよく知っている。 あの男の頭の中にあるのは愉悦と自己顕示欲だけです。」 「だからそれも戦術なんだよ………きっと」 「バカな……有り得ない。 何を言っている?」 「あの人も……本人も意識してやってるわけじゃないのかも知れない。 でも、それが結果的に戦略になっている。 本当の生まれ持った素養っていうんだろうね……こういうのを。」 敵が目前なのだ。 その男の一声でもはや自分たちは風前の灯火なのだ。 話をしている余裕など無い筈……… だというのに、セイバーは―――焦る気持ちと裏腹に魔導士の言葉に耳が離せない。 「勝つ人っていうのは勝つべくして勝ってる。 その行動には全て意味があるの…… 愉悦や自分を強大に見せる言動、そして挑発。 その全てが戦略だとしたら?」 「…………」 「セイバーさん。 貴方がさっきやられた事は戦略…… 貴方を先に潰そうと画策したあの人が最も効果的な手段を以って相対したに過ぎないの。 決して愉悦や、こっちをバカにしての行動っていう事だけじゃない。」 「―――――」 まるで意図の読めないパートナーの言動。 敵の行動を「戦略」として定義付けた、それが今――― 危険を冒してまで必要なやり取りだったのか? (あの男が―――英雄王が戦術? いや、それは無い………無い筈、) セイバーには分からない。 魔導士の断言にはまるで信憑性も無く、ギルガメッシュをよく知る騎士を納得させるには至らない。 だが、少女の思考に入り込んだなのはの言葉は彼女の心中でまるで予期せぬ効用をもたらした。 (物は言い様とは言うが………そういう見方も、あるのか?) 友の剣を愚弄され、未だ胸の奥に憤怒の残る騎士。 その敵のあまりにも無頼な行動。 しかし、それを戦略として置き換える事で―― まるで違った方面から見る事で――― セイバーの心の闇……その呪いじみた傷痕を抉られた怒りが和らぎ、冷静さを取り戻すきっかけとなっていたのだ。 (―――この女……) 黙って聞いていたギルガメッシュが微かながら驚嘆する。 それは高町なのはなりのパートナーに対する精神的なケアだった。 幾多のチームを組んでの任務を数多くこなして来た彼女にとっては ダメージを受けてズタズタになった仲間や部下の士気を回復する事もまた 教導官として部隊の隊長としての、彼女のスキルの一つであったのだ。 完膚なきまでに砕いた騎士王の魂が蘇っていく――― 今一度、アロンダイトを抜けば恐らくセイバーは容易く堕ちたであろう。 しかしてそんな陥落寸前の騎士王の精神に、魔導士は期せずして防波堤を張ったのだ。 心底でチッと舌打ちを漏らす英雄王。 口先三寸と言われればそれまでだが―――この人心掌握の術には少々驚かされた男である。 「雑種―――誰が我を評する事を許したか」 趨勢を見守っていたギルガメッシュがここで動く。 今までまるで眼中に無かった魔導士に少し興味が沸いたのだ。 「王を前にしてしゃあしゃあと――― その矮小な思考で我を計る事など不可能と未だ気づかぬか?」 「いい加減、その雑種っていうの……やめて欲しいんだけど?」 「雑種であろうが? 初手から貴様はそのみすぼらしい思考で我を計り、悉く己が秤の無能を痛感したのであろう? で、ありながら未だ懲りずに我を型に収めようと努めている。 その愚鈍さ―――雑種と言わずして何と呼ぶ?」 「そうだね。確かに上をいかれてる…… 正直、私のスキルではまだ貴方の力の天井が見えて来ない。 でも、それでも私はこういうやり方しか出来ないから……それにすがって戦うしかない。」 「笑止ッ! 自らの矮小を認め、反発すらせぬ者がこの英雄王と相対するとは!! 己が強大さを誇らずにどうして敵を圧滅出来ようか!? 雑種―――やはり貴様は我とセイバーの間に立つ資格などないわ!」 「力不足なのは否定しないよ…………でも」 世界を手中に収めた最古の王と高町なのはの舌戦が続く。 剣を構えたセイバーが固唾を呑んでその趨勢を見守る中―― 「貴方は案外、あっけなく堕とせそうな気がするよ」 なのはが爆弾を投下した。 全くの予備動作無しに――― (なっ!!??) 両者を仰げる位置で構えていたセイバーが思わず目を剥いてしまう。 先ほど身を以って味わったが――― このメイガスはおっとりとした態度から一転、いきなり剃刀のように切り込んで来る。 そのあまりの急襲っぷりに百戦錬磨のサーヴァントをして怯まずにはいられない。 「少なくとも私にとってはセイバーさんの方が何倍もやりにくかった。」 「ナノハッ! もういい! やめろッ!!」 明らかに踏み込みすぎ…! 王の常に余裕の笑みを微塵も崩すことの無かった顔から――― ―――― 表情が消えた ―――― 「――――――」 世界が凍りつくとはこういう事を言うのか。 シン、と静まり返った上空30mに位置する屋上にて――― 「―――――――ク、ククク」 心臓を握り潰すかのような殺気と共に、地の底から響くような恐ろしい笑い声が男の口から漏れ出る。 「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――」 まるで堪え切れないといった風に男は笑い転げる。 その紅い瞳が裏返るほどに天を仰いで笑い転げる。 額に手を当てていつまでもいつまでも―― 「……………」 「っ、!!」 なのはが無言で、セイバーが戦慄を以って相対する中 その狂笑が――――ピタリと止まった。 瞬間、なのはがセイバーに向かって走り出す! 「ナ、ナノハ!」 「飛ぶよッ!!」 「――――端女が」 魔導士が騎士を抱き抱え、ドンッ!という地を蹴る音を残してその場を離陸する。 と同時に上空一杯に広がった刃の行列の一部が屋上に降り注ぐ! その屋外スペースが宝具の襲撃を受けて一瞬にして倒壊する中――― 白き翼が魔弾降り注ぐ屋上から飛び降り一気に急降下。 フルブーストで地面スレスレにまで高度を落とし、そのまま向かいの影に飛び込む。 重武装をケタ違いの推進力で飛ばすなのはのマニューバは暴れ馬に乗ってるのと対して違いが無い。 いきなり襲い来るGに翻弄され、顔をしかめていたセイバー。 騎乗スキルを持つ彼女をして驚かされる猛馬っぷりである。 「はぁ――――危なかったね…」 あまりにもあっけらかんとしている高町なのはの顔を見て 思わず「ガーッ!」と叫びたい衝動に駆られるセイバーである。 「な、何を考えているのです! あの状況であんな挑発をして… 殺してくれと言っている様なものだ!」 「はは……でも、ああしないと逃げるタイミング掴めなかったし」 ジト目でなのはを見上げていたセイバーだったが 流石にこの魔導士が何の計算もなく売り言葉に買い言葉であんな挑発をしたわけでない事くらい分かる。 ノーモーションで降り注ぐゲートオブバビロンに完全に囲まれていたあの現状。 射出を視認してからの回避では絶対に間に合わない。 恐らくは敢えて挑発して、その逃げるきっかけを作ったという事だろう。 「分かっていると思いますが――」 「そうだね……確かに本気を出されてたらタイミングも何もない。」 だがしかし、魔導士の自嘲気味な呟きこそ的を射たもの。 そう、相手の怒りを誘って何とかタイミングを計ったとはいえ――― もし本当に完璧に逆上させてしまい、上空の刃全てを降らされていたら………ゲームオーバーだった。 所詮、今の攻撃など男にとっては、無礼を働いた目の前の虫を癇癪紛れに払い飛ばしたくらいのニュアンスなのだろう。 「全く人に無茶をするなと言っておきながら 貴方の行動を見ていると心臓がいくつあっても足らない……」 「そうかな? これでも一応考えているんだけど……」 それにしても、今度は端女、か……」 呆れ顔のセイバーだが、そんな当の本人は逃げ掛けに放たれた男の言葉に対し 今頃、ショボンと肩を落として傷ついたような仕草を見せている。 鉄のように強靭だったり、いきなり萎れたり―――彼女の本質はどちらなのか判断に苦しむ騎士だった。 「あの男の言葉など気にしたら負けです。ナノハ」 「うん……いい加減、慣れてきた。 本当はもっと突っ込みたいんだけど、徐々に流してる自分が少し情けない…」 「いえ、流せるならばそれに越した事はありません」 「……………」 「……………」 ――――途切れる会話 元々は寡黙な二人だ。 無駄話に鼻を咲かせるタイプではない。 「―――――私は未だに慣れませんが」 そんな中、思わずポロリと本音が出るセイバー。 なのはが「あらら、」という顔で隣の騎士の横顔を見やる。 そこには年相当の少女の―――口を尖らせ、憮然としたふくれっ面があった。 両者の目と目が合った瞬間―― 二人はどちらからともなく笑みを漏らしていた。 クスクス、とも微笑とも取れない他愛ない笑い合い。 そんな場合ではないというのに、どうしてこんなにリラックスしているのか? 考えれば考えるほどについ可笑しくなってしまう。 「そろそろ……かな?」 ともあれ、なのはが一言―――確認の意を込めて呟いた。 セイバーもコクリと頷く。 「お気遣い感謝します。 戦闘に支障はありません。 流石に全快というわけにはいかないが……」 「………凄いね。 本当に回復してる」 この時間稼ぎで少しでも体力の回復が出来れば御の字だった。 ことにセイバーは時間が立てば立つほど、損傷した身体が本来の力を取り戻す。 敵が本気で攻めて来ないというのならこちらは精々、十分な反撃の態勢が整うまで――のらりくらりと敵の追撃をかわすだけの事だ。 「でも凄い回復力があるからって…… もうさっきみたいな無茶はしないでね。 約束。」 「肝に銘じます。 フフ……貴方を怒らせると後が怖いですから」 「もう………真面目な話だよ」 微笑交じりに返すセイバーと怒った素振りを見せるなのは。 まるで10年来の親友同士のようなやり取りだ。 ついぞ、会話の応酬を楽しんでしまう二人だったが―――こんな時間ももうすぐ終わる。 「ナノハ」 敵もこれ以上は待ってはくれないだろう。 反撃出来るだけの余力も整ってきた。 なら――――再び動き出すなら今! 「うん……」 次に戦闘に突入したらこんな風に言葉を交わす事は無いであろう。 だからこそ、これが騎士の最後の問いだった。 「―――――恐ろしくはないのですか?」 「…………」 同じ戦士に対して、礼儀を欠いた問いかけであったかも知れない。 だが、それでも騎士は問わずにはいられない。 自分を、そしてあの英雄王を相手にまるで物怖じしない彼女に対して。 サーヴァントを相手に2連戦――― 身も心も擦り切れて参ってしまっても不思議ではないのだ。 だというのに、この不屈の精神力は何なのか? 緑色の瞳に真剣な光を称え、白き魔導士の顔を見つめる騎士に対し、なのはも問い返す。 「セイバーさんは?」 「私ですか?」 「うん……」 「先程も言ったが……私は騎士です。 国を背負い民を救うと決めたその時から、戦い死ぬも定めと考えています。 この道を選び、剣を執った事に後悔は無いし、命が惜しいと思った事もない。」 何の迷いもなく答えるセイバー。 なのはが瞳の奥を覗き込むように騎士の目を見ている。 「―――とはいえ、誤解しないで欲しい。 いつ死んでも構わないというわけではないのだ。 私とて叶えたい願いがあり、守りたいものがあった――」 「……うん」 「それが自分が倒れる事によって潰えてしまう――― 我が後ろにいる者を守れなくなってしまう――― それを考えると……」 「……………うん」 感情の読めぬ目を称えて少女の顔を見ていたなのは。 「じゃあ、私と同じだね。 ふふ……同じだ同じだ♪」 その表情が―――柔らかな微笑を作る。 「白状すると………セイバーさんとあの人の前に立つの、少し恐かった。」 屈託のない、自分の腹の底を全てさらけ出すかのような笑顔でなのははセイバーに語る。 「自分がここで終わっちゃって、友達や大事な人達を悲しませる結果になるのはとても恐い。 自分のために泣いてくれる人が一人でもいるのなら、その命は自分だけのものじゃないから…」 自分が死ぬ事で大事な人の人生すら狂わせてしまう事もある。 そんな悲しい出来事を見てきたなのはだからこそ――― 「だからこそ自分が生き残るために最善を尽くすんだよ。 怖いから……何よりも死んでしまう事が怖いから。」 死にたくない。悲しませたくない。 だからこそ彼女は己を鍛え上げたのだ。 拷問に等しい鍛錬を己に課して、お世辞にも頑健とはいえぬ体を磨き上げたのだ。 恐怖に押し潰されて、不安に負けて、何も出来なくなる事のないように。 その根底―――決して折れないダイヤモンドの如き、彼女を最強足らしめる力。 それが「不屈」。 (彼女の言っている事は正しい―――) というより非の打ち所のない正論だった。 セイバーのみならず、戦場に出る者ならば誰しもが思い抱くこと。 だが、それを出来る者と出来ない者がいるからこそ―――戦場で人は死ぬ。 理性を総動員して抑え込んでも巨大な本能に負けてしまう。 そう、死に対する恐怖という本能に。 結果、恐慌に陥り冷静な判断が出来なくなる者や己が可愛さに敵に寝返る者が出てくる。 だからこそ時には味方を斬り、厳しい処罰を与えて、兵士の本能の暴走を縛り付けながら戦争における行軍は行われる。 しかし彼女は――その最も難しい事を当然のように出来るのだ。 戦いに対する心構えが半端ではない。 戦乱の世に生まれた者でさえここまで強固な意志を持つ者は稀であろう。 彼女は言った。 ―― 勝つ人間は勝つべくして勝っている ―― その言葉を他ならぬ、この魔導士自身が一番体現している。 彼女と相対した際の攻めても攻めても突き崩せないあの感覚。 打破したと思った瞬間に巻き返されている、人外の粘り強さ。 手強いはずだ……抗ってくるはずだ…… 当たり前の事を当たり前のようにやって勝つ。 それこそがこのメイガス――高町なのはの強さの秘密だったのだから。 セイバーの胸にふつふつと熱い何かがこみ上げてくる。 目の前の魔導士が垣間見せた勇気の心――レイジングハート。 戦いに生きる者で相棒にこれだけの物を示されて魂が震えぬ者はいない。 万夫不当の英雄王を相手にしているのだ。 未だ事態は全く好転していないのだ。 だというのに………今、自分は―――― ――― まるで負ける気がしない ――― (恥すべき事だ………) 顔を伏せるセイバー。 味方に勝利をもたらす剣。主を守護するサーヴァント。 その力を以って自陣を鼓舞し、勝利の風を呼び込むのは本来自分の役目のはずだった。 だのにこれではまるで立場があべこべではないか? 「――――貴方が敵のマスターでなくてよかった」 「え?」 「何でもありません」 小さな声でボソリと―――少女は今、心の底から感じている事を吐露する。 もしこの魔術師が敵のサーヴァントを従えて眼前に立ち塞がったなら、自分は果たして士郎を勝たせる事が出来ただろうか? その心情は即ち、セイバーがこの高町なのはという人物に対して最上級の評価を持ったということだ。 信に足るどころではない。 このメイガスは己が剣を任せられる器――― 「ナノハ。 今一度―――私に考えがあります」 「うん………聞く。」 屋上で言いそびれた、その決意と共に紡いだ作戦を再度なのはに進言しようとするセイバー。 なのはも今度は少女の言葉を阻まない。 阻む理由は既にない。 それは騎士の瞳に強い――先の戦いで自分を射抜いたあの力強い眼光が再び輝いていたから。 高町なのはを圧倒した騎士王セイバーが蘇っていたから。 「聖剣を―――使います」 しかして少女のその口が、鈴のような声が――― 次の攻撃に………己が全てを出し尽くす事を、ここに誓ったのだった。 ―――――― ―――――男は神代の時代を生きた王である 人間の父と女神の母を持つ彼は、神魔や幻想種の跋扈する世界にて暴君として君臨した最強の英雄だった。 故に英傑や人知を超えた力などは見飽きている。 ほんの少し人間離れした程度の力やそれを持つ者など、そこらの雑種と何ら変わりはない。 だから今、剣の英霊の周囲に纏わりつく目障りな魔術師――― あの程度のちっぽけな力で自分の前に立つ事。それ自体が不遜と断ずる思考には未だ些かの陰りもない。 「――――安いな」 プライドの高い男である。 先程の無礼に対し、突発的とはいえ怒りの感情を見せてしまった。 些かとはいえ心胆を揺るがされた事自体が失態――― だが、彼の口調の微妙な変化。 高町なのはを「雑種」でなく「端女」と呼び変えた事に果たして何の意味があったのであろう? 「――――あの端女はどうした? セイバー」 先程の宝具斉射によって崩壊した屋上から降り、見晴らしの良い交差点にて佇む英雄王の前に――― たった今、姿を現したのは騎士セイバーただ一人であった。 「袂を別った。 アーチャー……貴方との決着をつけるのに――― もはやあのメイガスは邪魔でしかない。」 きっぱりと言い放つ騎士王。 邪魔な者は捨ててきた……存分に剣を交えようというその顔に―――迷いは無い。 「相変わらず虚言の弄せぬ女よな――」 だが、それを受けて含み笑いを漏らすギルガメッシュ。 義や侠に何よりも重きを置く騎士である。 その鏡たるセイバーの、パートナーに対する無体な言葉はあからさまに不自然。 この騎士は味方に対しては勿論、たとえ敵でも―――その誇りを汚すような事は言わない。 「……ナノハの事は眼中にないのではなかったのか?」 「それは未だ変わらぬが、なに……我を前にあそこまで繰言を吐いたのだ。 お前の従女を務める程度の才くらいは認めてやっても良いかと思ってな。 アレは―――――なかなかに変種よ。」 男は王である。 生誕した頃より世界の頂点に立つ存在である事はもはや宿命。 100億を超える雑種どもの恐れ、妬み、崇拝を一身に受ける存在。 「珍種と言っても良いか……力こそ有象無象だが 稀に、万人に一人の割合で生まれ出づるものなのだ。 王を前にして何故、平伏するのかも解さぬ、生まれながらの痴れ者がな。」 自分と対等、もしくはそれに髄する力を持っているわけでもない。 こちらに生殺与奪を握られる程の実力差でありながら、まさに神に比する力を持つ自分を前にして――― 恐れもなければ気負いも無く、市井の者同士が他愛のない会話をするかの如く接してきた者は男の記憶をまさぐってなお例がない。 あの女の心は確実にどこかがおかしい。 人間の感受性を司る大事な部分がコワれていると言っても過言ではないだろう。 だからこそ王の中では「雑種」でなく「端女」――― これはある意味、ギルガメッシュの中でランクが少し上がった事になるのだが……それをなのはに喜べというのも酷な話であろう。 「さて―――」 だが、そのような心境の変化こそ些細なものだ。 関心の外にあったモノがたまたま思いの外の変り種だった。 男にとってはただ、それだけの事――― やはりこの男の最大の関心は騎士王。求めるべきはセイバーのみ。 時は再び動き出す。 サーヴァントの自然治癒能力で動けるほどには回復している騎士の少女。 しかし英雄王の攻撃に晒され続けた肉体の損傷はそんなに安くはない。 今の彼女の有様はまるで血化粧を施されたかのような酷いものであった。 白銀の後光を纏いし闘神。彼女が駆けてきた戦場にて敵の刃は―――その御身体に触れる事すら出来なかったというのに…… 「しかしつくづく――――みすぼらしい姿よな。 まるでどこぞの捨てられた犬ではないか?」 戦いで負った傷を誇るなど弱者の愉悦。 強者は常に一傷も負わずに勝つが常。 傷だらけで掴み取る勝利……泥臭さの中にある強さなど男には永遠に理解出来ない。 「だが、お前はそれでも別だセイバー。 貴様は孤高の花よ。 傷つけば傷つくほど、失えば失うほどに、濡れた花弁は月光の如き美しさを醸し出す。 心得よアーサー王―――お前はその身一つで立っている時がもっとも強い光を放っているのだ。」 「………これより先」 「―――、!」 「言葉は意味を為さない。 我らの邂逅の結末――― 全てはこの剣にて語ろう……英雄王よ。」 ギルガメッシュの紅い瞳が見開かれる。 それは脅威によるものか、はたまた歓喜か―― 完膚なきまでに打ちのめしたはずの彼女の気勢が充実しているのが分かる。 その戦意が、覚悟が漲っているのが分かる。 「――ならば、もはや何も言うまい」 ―――煽る必要もなくなった 今のセイバーには間違いなく、かつての輝きが戻りつつあるのだから。 「出番だエア」 その輝きを今一度、完膚なきまでに叩き潰し、我が眼前に這い蹲らせる事。 これこそ英雄王が求めていたカタチ。 故に――――男はその宝物蔵から一本の剣を取り出した 古今の英雄が持つあらゆる宝具。 その原典を持つ英雄王ギルガメッシュ。 だが今、彼が手にしている一本こそ―――世界を統べる王にのみ許された彼だけの一振り。 其はあらゆる死の国の原典と言われし 生命の記憶の原初にして真実を識るもの 天地が創造される以前、星があらゆる生命の存在を許さなかった初まりの姿 それは紛れもない地獄というべき世界であった 世界の真実を識り、何者も存在する事の出来ない地獄を具現化させるものこそ、、 ―――乖離剣・エア ―――最強の想念すらも容易く打ち消す、この世ならざる世界より齎された覇王の剣 「ッ、――――――」 男の正面にて構えるセイバーの身体が青白い光に包まれる! 彼女が己が全てを宝具に注いでいるのが分かる。 まるで恒星が生まれ出ずるかのような熱気が伝わってくる。 幾多の人々の想念を背負った騎士王と聖剣が―――全てを解放しようとしている! そしてあの光を、セイバーの輝きを認めた男だからこそ それを上回る力を示して勝たねば意味がないのだ! 故に聖剣エクスカリバーにはエアを――― それはセイバーに対しギルガメッシュが交わす約束事のようなもの! 「はああああァァァァァァァッッッッ!!!」 剣を中央で構えたセイバーが己が肉体から絞り出すような咆哮を上げた! 「ク、―――」 対して男が嘲う。 その胸の中が踊るのが分かる。 そう、それこそがギルガメッシュをして震撼させ得る数少ない存在の一つ。 全てを薙ぎ払う最強の光。 フィールドの上空まで貫く黄金の柱と共に――― 騎士王の約束された勝利の剣がその姿を現したのである! ―――――― (これがセイバーさんの本気……!) その全身に鳥肌が立つ。 背中に冷たい汗が滲み出ているのが分かる。 自分の切り札―――集束砲と激突した先程のそれと比べて、なお巨大! あまりにもケタ外れの魔力の奔流。 恒星と見紛うばかりのエネルギー。 アレに拮抗するのにどれだけのカートリッジを次ぎ込めばいいのだろう…? (こんなモノを一方的に打ち消す………? 有り得ない…) そして―――少女の言葉がなのはの脳裏に蘇る…… ――― 聖剣を使います ――― 先程、騎士から高町なのはにもたらされた事実。 かぶりを振ってそれを否定したい気持ちに駆られてしまう魔導士である。 ナノハ……聞いて欲しい 私は聖剣を放つ しかしそれでは―――恐らく勝てないでしょう 先ほどの貴方の見解は非常に面白く、興味も惹かれましたが もしアーチャーがただ勝つために戦略を立てるのなら…… 今までの過程――ここまでの拮抗は成り立っていない 僅か一振りで――― 全てが終わっていたのです (……………) なのはの顔に深い苦渋が刻まれていた。 絶望に絶望を上乗せされた心境だ。 だからこそ………セイバーは今まで聖剣を出さなかったのだ。 相手が愉悦に浸り遊んでいるその間隙を縫って勝負を決めてしまいたかったのだ。 彼は未だ、その恐るべき切り札を出していない…… 乖離剣エア――――― 我が聖剣を遥かに上回る出力を秘めた宝具こそ奴の切り札 それを今まで使わなかったのは…… あの男の愉悦、慢心――何よりその自尊心に重きを置いたが故の事でしょう 王としての己を象徴する唯一無二の宝具 それを自分の認めた相手以外に、相応しいもの以外に振るう事こそ拭えぬ恥と断ずる男です そして奴の認めるものの中に辛うじて入っているのが我が聖剣エクスカリバー 故に我が全霊の一撃に対して奴は必ずその切り札を出してくる 敵の注意は全て私に向き、エア発動時はゲートオブバビロンの斉射も無い つまりは完全無防備状態 ――― 最高の囮 ――― その無防備な相手の腹を、貴方の一撃で撃ち抜いて欲しい――― 「…………セイバーさん」 それはどう考えても危険極まりない作戦だった。 一方的に打ち負けるという事はその力の奔流をモロに受けるという事。 当然、顔色を変えて難色を示したなのはだったが―――戦意に満ち溢れた顔でセイバーは答える。 ―――――― 「おかしな事を言う…… 貴方とて先程、我が身を呈して英雄王と打ち合ったではありませんか? あれには大概、肝を冷やしたものです。」 「でも、あれとこれとでは危険の度合いのケタが違うよ……」 「ナノハ。 先程、私は飛び出して間に入りたい身体を必死に抑え、機を待った。 全ては貴方を信じたが故に―――ならば、今度は貴方が私を信じて欲しい。」 「っ…………」 「大丈夫です。 さっきの話ではないが―――私とて命は惜しい。 勝算の無い事はしません……この剣に賭けて誓う。」 ―――――― ――― 私は死なない……ですから ――― 相手の案を跳ねつけるだけの要素―――― 今の戦況を引っくり返す力も代案も示せない自分が、それを否定する権利など持ち合わせる筈がない。 (…………何も、言えなかった…) だからこそ今は自分に出来る事をやるしかない。 騎士に報いるためにも失敗は絶対に許されない。 なのはの位置する上空――― その凱下にて翻っていた強大な柱。 セイバーの放っていた魔力と聖剣の光。 その力が………消える。 否、立ち消えたように見えるほどに流麗に――両手に構えた剣に全てが集約される! (…………来る!) なのはの体に緊張が走る! セイバーの儀礼のように体の中央で構えた剣――それがブルッと震える! 否、震えたのはセイバーの身体!!! 全身の筋肉を蠕動させるように剣を下段に構えなおし、その勢いで一気に肩口上段に振り上げる! 黄金の剣閃がその軌道を縫って騎士の体に纏わり付く! それは凄絶にして華麗な光の剣舞のよう!! コンマ一秒にも満たぬその初動から最上段に振り上げられた聖剣。 ―――その収束された光が今……! 「エクスッッ…………!!」 約束された勝利の剣――― 騎士王セイバーの渾身の一撃が――― 「……カリバァァァァッッッ!!!!!!」 ―――――放たれる!!! ―――――― その場を凝視していた高町なのはの視界が次元違いの光彩を目に入れてしまい、危うく目を潰されそうになる。 (す、凄いッッ!!) 闇夜に輝く黄金の太陽。 直視すればするほどにそれは網膜を焼き、彼女の目の端から涙を滲ませる。 だが眼を瞑るわけにはいかない――― その瞬間を見逃すわけにはいかない―――! 彼女はラストショットを任された狙撃主。 なのはの砲撃に勝敗の全てがかかっているのだ。 己が運命を託してくれた騎士の信頼に答えるためにも―― (絶対に決めてみせる!) 心の中で猛る高町なのはの集中力が研ぎ澄まされていく! ―――――― 太陽の如き剣閃を前にした英雄王。 男の切り札はそんな恒星じみた出力を誇るセイバーの聖剣をも上回る―― ――――歪な円柱状の剣であった…… 既にその剣は起動を開始。 連なった円柱が何か巨大なうねりを思わせる濁音を響かせながら回転を始める。 音と共に集まっていくのは――― ――― 赤き倶風 ――― 男の右手から赤黒い鈍色の風が吹き荒ぶ。 螺旋状に天高く伸びたそれは、セイバーの魔力を黄金の柱とするならば――まるで巨大な竜巻の如し! 「エヌマ―――――」 まるで荒れ狂う嵐を模倣したかのような力は 右手を中心に起こる、全てを虚空へ吹き飛ばす暴風! そんな竜巻の如き力を――― 「―――――エリシュ!」 男は前方に開放!!!! 迫り来る光の束に向かって咆哮一閃! 横薙ぎの軌道にて力の限りに叩きつける!!!! ―――――― 「今ッッ! レイジングハート!!!!」 そして―――そしてここが全ての分岐点! 選ぶ時。 勝利か敗北か。 生か死か。 地上にてその姿を現す黄金の柱と赤き竜巻。 それを受けて夜空にも――巨大な星の光が現れる! エースオブエースが動いた! 桃色の魔力を放出し、彼女は世界に呼びかける! 周囲に散った魔力の残滓がざわめき、号令の元に集う。 夜空にたゆたう雲がまるで彼女から逃げていくかのように散っていく。 目を閉じ、瞑想に入る高町なのは。 全てを託された一撃……ここで放つ技はただ一つ。 彼女最大の砲撃魔法――― ――― スターライトブレイカー ――― 明星を思わせる輝きを放ち、夜空を照らしながら――― エースの名を冠する魔導士が放つのは集束砲によるブレイクシュート! 膨大な魔力を秘めた三者の力が翻り――― その日、世界は……三つに割れた――― ―――――― 地上――――まず初めに激突するは光の剣閃と赤き竜巻。 騎士王と英雄王。 その二人が立つ中央にて、エクスカリバーとエヌマエリシュが衝突したのだ! ―――――、!!と、音に表現すら出来ない、この世の果てまで届き兼ねない炸裂音。 閃光は夜空一面をまるで太陽のように照らす。 中央でぶつかった力と力の奔流の力場は もはやどの次元世界のあらゆる計測器を以ってしても測定不可能の域だろう。 その熱量、エネルギーが辺りにあるビル。地面。雑木。 全ての有象無象のオブジェを溶かし、吹き飛ばしていく。 「ぐ、うぅ――――ッッ……!!」 「―――――ク、」 だが、互いに神域にある攻撃ながら 放った両者のそれは互角の拮抗とは程遠いもの。 (そんな……こんなに差があるなんて…) 集束砲のチャージを開始したなのはの表情が呆然とする。 この奇襲―――相手に気づかれてしまえば全てが台無し。 敵が警戒する剣は一つでなければならない。 恐らくあの相手は魔導士がエクスカリバーに匹する武器をその身に秘めている事など思いもしないであろう。 故にチャージ開始は英雄王がその全力の一撃を放った直後しかない。 気づかれればこの打ち合いは成立しない――― 上空の異変を感じ取った英雄王によるバビロンの一斉射で二人とも串刺しになるだけだ。 だからこそベストのタイミングで集束砲のスタートを切った高町なのは。 しかし―――眼下に展開する聖剣と乖離剣……その拮抗が崩れるのが、あまりにも早すぎる! (頑張って……セイバーさん!!) 先の戦いで一度撃ってしまった集束砲は一度目に比して、集められる魔力は確実に減少しているだろう。 チャージ時間も10秒フル稼動というわけにはいかない。 そして赤き魔風はみるみるうちにセイバーに迫りつつある。 ここからでは騎士の表情は見えないが、自分を信じて……その援護を待っているはずだ。 だからこそ、全ての力を今ここに―――― 「レイジングハート! 先行発射!! 命中と同時に全力全開ッ!!!」 詠唱を中途でカットし、なのはがこの時点で集束させた魔力を眼前に掲げてレイジングハートの砲身にセットした! そして己が最強の魔法の射出体勢に入る! 男の放つ竜巻が光の剣を打ち消しつつある! もはやセイバーが飲み込まれるのに一刻の猶予も無い! 「モード・リリースの準備……!」 Master... 「これしか無い……足りない分はブーストとカートリッジで上乗せするしか… ここで決めなきゃ全部、無駄になっちゃうッ!」 高町なのはが自らに科した安全弁を開放。 限界突破・ブラスターモードの使用を決意する。 ブラスターモード―――― 謂わずと知れた高町なのはの最終決戦形態。 魔力回路を自己ブーストさせる事によって通常を遥かに超えた高出力を叩き出す。 瞬間的に叩き出されるその出力はカートリッジの併用と合わせて2倍、3倍にも膨れ上がると言われる規格外のバーストモード。 だがしかし……ブーストとは、そのエネルギー流通の圧縮比を高める事によって無理やり出力を高める行為。 故に他の全ての機能――― 耐久力。フレーム。精密度etcを犠牲にする諸刃の剣。 それを人体で行うという事がどういう事なのか……想像に難くないであろう。 まさに一撃必殺の威力と引き換えに命そのものを削ってしまう玉砕戦法。 それがブラスターモードなのだ。 当然、これは最後の切り札であり使いどころが極めて難しい 格下の相手、防戦に徹する相手を一気に攻め落とす場合―― 決められた作戦時間内で、残り時間を考慮して一気に捻じ込む場合―― 前衛がいる状態での一発のブレイクシュート限定という条件での使用―― それらに反して、このオーバードライブ。 最も使用が困難な状況が―――格上の相手を前にした場合だ。 短時間しか持たない決戦モードを遥かに力の上回る相手に使う。 力の上限すら計れない埒外の相手に使用する。 これはハイリスクどころの話ではない。 どれだけの攻撃を叩き込めば相手が沈むのか見当もつかない状態でモードリリースした場合―― 相手を倒し切れずに己の全てを使い果たしてオーバーヒートなどしたら目も当てられない。 もはや歩く事すらままならないその肉体を相手に晒す事になるのだ。 だからこそこの戦い、高機動力のエクシードモードに終始し ブラスターの使用の機会を虎視眈々と伺いながらも一線を越える事をどこかで躊躇ってきたなのは。 自分より強い敵を相手に余力を残したまま敗北したなど笑い話にもならない。 どこかで……どこかで使う必要があった。 戦局を左右する場面で、不利な状況を一気にまくるために――― (セイバーさん……今、助けるから持ち堪えてッ!!) ―――――それは今まさにここ!!! 騎士の体が赤き奔流に飲み込まれて消えようとしている! 全ての工程をカットし―――今、魔導士が手に集めた巨大な力の塊を放つ! 「スターライトォォォ……ブレイカァァァーーーーッ!!!」 猛き黄金の剣閃が相手の暴風によって全てを打ち消され セイバーの白銀の肢体が上空高くに跳ね上げられる―――と同時 巨大な星の破光が、雲を突き抜け、英雄王の頭上に一片の容赦なく――― 降り注いでいた!! ―――――― ………………… ―――辺り一面が暗闇に染まっている ―――赤と黒に支配された景色 ―――黒は暗闇 その眼に血液が回っていない事の証拠――― ―――赤は血の赤 体内の毛細血管の破裂に次ぐ破裂によるレッドアウトの証――― 損傷に次ぐ損傷…… 手足がビクン、と小刻みに痙攣を繰り返す。 エアによって巻き上げられたその身体は、いくばくかの回復をしていた少女の体力を再び削り取り 彼女は今、完全な戦闘不能状態へと落ち込んでいた。 その命とも言うべき剣士の利き腕が千切れる寸前にまで裂けている。 魔風と激突し、撃ち負けた――それが代償だった。 横たわる大地に血だまりを作る。 指一本動かせずに横たわる身体の、視線だけが辛うじて動く。 その目を左右に動かして――今の状況を懸命にを認識しようとする。 かくしてその目に―――白い法衣 パートナーの白い背中を辛うじて認める事が出来た。 「ナ、ノハ……」 ヒュ、ヒュ、という苦しげな呼吸音と共に 少女は消え入りそうな声を懸命に搾り出し――ー 「やった、の……ですか―――?」 その背中に答えを求めていた。 だが――――――魔導士は答えなかった…… その背中が、小刻みに震えている。 騎士からは見えなかったが、その腕も、足も、抑えきれない感情で全身を震わせている。 そう、魔道士は少女に対して背中を向けている。 一刻も早く介抱しなければならない重傷を負った少女に対してである。 それは一体、何を意味するのか? 言うまでもない。 それはつまり……自分ではない誰かと対峙しているという事。 傷つき動けない自分を守るために、その身体を盾に、誰かと向き合っているという事。 答えは―――考えるまでも無い事だった……… ―――――― 「………、めん…」 魔導士の声が嗚咽に震える。 「………ご、めん……取り返し、つかない…」 悔しさから、不甲斐無さから、血が滲むほどに唇を噛み締め 謝罪の言葉を繰り返し紡ぐ高町なのは。 (――――ダメ、だったのか…) 騎士が首だけを何とか動かす。 それすらも今の少女には重労働。 その目に何事も無く悠然と佇む黄金の鎧を認めて―― この戦いが、自分達の敗北に終わった事を知る…… 身を引き裂いてしまいたい程の後悔に震える高町なのは。 エースとして絶対に失敗出来ない場面での痛恨のミスショット。 結果として言うと―――彼女はブラスターモードを使っていない。 ……使えなかったのだ。 スターライトブレイカー射出時、ブラスター起動&発射の工程を辿るにはエアとエクスカリバーの拮抗が短すぎた。 故に咄嗟の判断で、命中後の「上乗せ」という形で全ての力をぶつけるという選択をしたなのは。 その結果―――エヌマエリシュの魔風が前方のセイバーを巻き上げ、払い飛ばした直後 ギルガメッシュは横一文字の薙ぎ払いの勢いを殺さぬフォームでその遠心力のままに後方に180度向き直り―― エアを上空から降り注ぐ巨大な集束砲に横殴りに叩きつけたのだ!!! 「――――ぬううぅぅあッッッッッ!!!」 英雄王が吼えた! 世界に君臨する傲岸不遜な王の猛り! 世界を掌中に収めた魔人の如き男の紛れも無い本気の咆哮! 「直撃させてから上乗せ」という高町なのはの選択――― その上乗せする時間を……男は微塵も許さなかった。 まるで空間を削り取るかのような、横一閃に薙ぎ払ったエアの切り払いが一瞬で真っ二つに切り裂いていたのだ。 なのはの最終奥義を。 あのスターライトブレイカーを……… ―――――― 足りなかったというのか――― 条件的に10全のものとは程遠いとはいえ、SLBが一瞬の拮抗すら許さず掻き消される――― そこまでの埒外の展開をも視野に入れなければならなかったというのか…? どうすればよかったのか…? セイバーが完全に吹き飛ばされるのを承知の上でブラスター3を開放→発射の工程を取るべきだったのか? 否、それでは意味が無い。 切り札を発動させている相手の腹に打ち込んでこそ意味があったのだ。 あれ以上遅かったら、こちらが打つ前に体制を立て直した男の宝具射出によって なのはは確実に仕留められていただろう。 ならば、セイバーとギルガメッシュが対峙していた時に既にブラスター状態にしておけばよかったのか? 限界突破のリスクを考えた保険と、命中しなかった場合の事を考えた対処が裏目に出たのか? こうすれば、ああすれば、という考えがなのはの頭の中にまるで泡のように沸いては消える。 だが、もはやそれも無駄な思考。 「せめて全て、出し尽くしていれば……」 彼女の臨界を越えた臨界域にて放たれた星光で砕けぬものなど無い筈――― 故にこれは全て自分の責任だ。 ブラスター3を出し切れなかった自分の未熟。 全力全開で撃っておけばここまで容易く斬り払われる事は無かったかもしれない。 後悔してもし尽くせない魔導士の嗚咽の言葉。 この失態を償えるのなら何でもする、という悲痛な表情。 だが、もう――― 「――――――端女よ」 その時、苦渋の極みにあった高町なのはに声をかけたのは意外にも英雄王であった。 「気に病む事はない。もはやあの時点で貴様がどうあろうと結果は変わらぬ。」 むしろ咎があるとすれば………お前だセイバー」 魔導士と、息も絶え絶えな騎士にかけられる王の言葉。 「……どういう、ことだ?」 「セイバーさん……動いちゃ駄目…」 セイバーがその体を起こそうとし、苦痛に顔を歪める。 どうやら敵は今すぐにこちらに止めを刺す気はない――― そう悟った魔導士が、後ろ手に庇った少女の身体を介抱する。 「お前の咎だと言ったのだセイバー。 最大の敗因は―――この我を倒そうなどと思いあがった事だが…… 何にせよ欲張りすぎたのだ貴様らは。 今ので我を打破せんと姑息な策に頼り、力を分散させた。」 王の独演が続く。 その表情が侮蔑に染まっていた。 愚かに過ぎる、と。 話にもならない、と。 「お前の聖剣とそこの端女の魔術……同方向から束ねて撃っていれば相殺は成っていたやも知れん。 被害は二人揃って無様に宙を舞う程度で済んだのだ。 少なくとも この最悪の結果 にはならなかったであろうな――」 否、男の怒りは別のところにあった。 それはセイバーが聖剣を囮に使った事―― 二人の決着の場にて、こともあろうに自らの剣でなく他者を頼りにしていたという事。 もっともどの道、聖剣はエアに打ち消されていたのだからその怒りは男のエゴ以外の何者でもないのだが。 「セイバー……まさかとは思うが――」 だが男は言葉を続ける。 責めるように。 敗者を踏みにじるように―― 「いつぞやお前に撃ったあれが―――エヌマ・エリシュだとでも思ったか?」 「――――」 ……………………… 己の期待を裏切り、惨めに這う騎士王に止めの言葉を放つ。 「呆けるなセイバー。 今一度問う――― あの時のアレが我の本気とでも思ったか、と聞いている。」 「―――――、え?」 ……………………… ――――――その場を支配する静寂。 男の言葉の意味が分からず、その真意が理解できず、唖然とするセイバー。 「な、何を、何を言って―――ぐっ……」 咽ぶ様に言葉を出しかけて、ゲホッと咳き込む少女。 その口からの大量の吐血。 「喋っちゃダメ!!」 支えているなのはが青ざめる。 だがしかし、少女は止まらない。 「バカな………有り得ない! 貴様はあの時、確かに言った筈だ! 本気で撃ったと……手加減するべきだったと……」 肺から漏れ出る苦しげな呼吸は折れた骨が内部を傷つけているのだろう。 そんな状態で少女は、精一杯の反論を男にぶつける。 対してギルガメッシュが首を傾げた。 何のことか?と記憶をまさぐるような表情を作った後――― 「ああ、あれか」 まるで些細な事だと言わんばかりの表情で―― 「あれは慈悲だ」 騎士王を奈落に突き落とす最後の一言を吐き捨てたのだ。 ―――――― 「な、んだと……」 「背負ったのであろう? 全ての民の期待を。騎士どもの羨望を。国という重圧を。 その健気な想いをアリの如く踏み躙る…… 流石の我とてそれは躊躇われた―――それだけの事よ」 セイバーの表情が完全に凍りついた。 あまりにも信じたくない、己の根底を揺さぶる事実。 「――――バカな……そんな…バカ、な」 「何を驚く? お前は我の后となる女ぞ。 その女が我の賜り物として築いてきた輝き―― 全てを完膚なきまでに打ち砕くほど我は鬼畜ではないのだぞ?」 ワナワナと震える少女の体。 確かに乖離剣エアはエクスカリバーより上位に位置する存在だ。 それはセイバー自身も納得していた。 だが、それでも―――聖剣の担い手としての誇りを支えるギリギリの譲歩というものがあった。 あの邂逅は互いに全力で撃った勝負においての結果……そう信じて疑っていなかった 己が身を体現する最強の聖剣。 全幅の信頼をかけている約束された勝利の剣が――― ――― まさか赤子の手を捻るように返されていたなどと ――― 彼女が受け入れられる筈が無かったのだ。 もはや完全に動けないその身。 そして虚ろな目で、屈辱に耐えるより他にないセイバー。 それを見下ろすギルガメッシュの低いくぐもった笑いが 少女の耳にいつまでも張り付いていたのだった。 ―――――― この時、ギルガメッシュは真実を語らなかった――― それがセイバーを完全に打ちのめすためのものだったのかは定かではないが…… エクスカリバーとエアの激突―――その真実。 かつての激突の際、男は手加減したと言い放ったが――それは少し違う。 やはり本気で撃っていたのだ。 ギルガメッシュはエアの最大出力―― エヌマエリシュを確かに発動させ、セイバーの聖剣と激突させた。 結果は此度のそれと全く同じ。 セイバーは相殺適わずその身を魔風に舞い上げられ、完全な敗北を喫する事となった。 だが、そこに互いの大きな齟齬があった。 結果、あまりにも強大な覇王剣の力に驚愕するしかないセイバー。 それに対し、英雄王もまた……嘲笑ながらに密かに戦慄を感じていた。 何故なら―――セイバーは「相殺」には成功していたのだから。 ――― 即ち「エヌマ・エリシュ」の相殺を ――― 吹き荒れる魔風のほとんどを黄金の剣閃で薙ぎ払い「それ」の発生を止め エアが放出した暴風による破壊「のみ」で留めた。 それはセイバー本人の与り知らぬ大きな快挙。 負傷したとはいえ、エアの最大出力の大半を止めたのだから――― エアがその比肩せぬ威力を示したように、エクスカリバーもまた…… 人類最強の聖剣の名に恥じぬ力を証明していたのだ。 故に今回、男が満を持して放ったエアの最大出力は英雄王の全力「以上」のものだった。 その時、ギルガメッシュの所持する宝物蔵の内部にて20を超える宝具が起動していた。 それは英雄王の身体能力を高め、属性付加、地形効果を最大限まで引き上げる。 つまりは――宝具のバックアップによる威力の上乗せ。 それに対し、傷つき万全に程遠いセイバーの聖剣の一撃がかち合った。 その結果が前回と違うのはむしろ自明の理であったのだ。 それを英雄王が語る事はなく、知るものもいない今 この場を支配するのは聖剣、そして集束砲の圧倒的敗北―――その事実のみ そして……英雄王の言う最大の咎。 それはエアを過小評価した事。 何としても相殺するべきだったという事。 その「風」が全てを切り裂く前に――― 今、最も重要な事実 ――― 此度は相殺できなかったという事 ――― その事による最悪の未来は――むしろこれから……… ―――――― 「なに。気落ちする事はないぞセイバー。 我はお前を認めている―――故に見せるのだ。 エヌマ・エリシュ………天地乖離す開闢の星を!」 まるで自由の利かない身体であっても彼女はその剣だけは離さなかった。 幾多の戦いを共に乗り切ってきた聖剣の柄を―――今ある精一杯の握力で握り締めるセイバー。 その行動……介抱するなのはの腕にも彼女の無念と悔しさが伝わってくる。 その瓦解しかかる精神と肉体を何とか保たせているのは、横で支えている魔導士―― なのはに自身の無様な姿を見せて心配をさせたくないという騎士の誇りと意地のみ。 だが、今―――英霊二人のやり取りを聞いていた高町なのはは全く違う光景……別の思考に至っていた。 確かにラストショットを達成出来なかったショックは未だに残っている。 だが、そんなものにいつまでも苛まれているエースではない。 それよりも気になる事が多すぎて立ち直らざるを得なかったというのもある。 まず、相手がこちらの戦術を愚策と断じた件――― 言うまでも無く、これが実質最後の攻撃だった。 だからこそセイバーは己を犠牲にして死力を尽くして相手の隙を作ろうとしたのだ。 その攻防で―――敵を撃ち抜こうとした選択が間違っているとは思えない。 たとえ同方向から束ねて撃ったとしてもあの相手の出力――とてもあの男を倒し切れたとは思えない。 エアを完璧に相殺したとして、撃ち合いで力尽きた二人は余力を残した敵になぶり殺しにされていただろう。 ならば、今の状況はまだマシなのではないか? だのにこの相手は………今、騎士が受けたダメージを「二人して受けていた方がまだマシだった」と言っている。 何かおかしい 何か変だ その相手の態度。言葉の端々。 そしてそれに伴う違和感。 男の発した「最悪の結果」という言葉。 (これは最悪の結果……これが…) 今の攻撃は自分達の実質、ラストチャンスだった。 なのに相手に――何の傷も与えられなかった。 だが、それにしても相手のこの余裕は何だろう…? (エヌマ…エリシュを見せる? 「見せた」ではなく?) なのはに、その言葉の意味の全ては分からないが そのニュアンスから何かが違う事だけは分かる。 ―――そして目の前の男の背後に、もはや居並ぶ刃の群は無かった。 全てをしまい込んで既に終わったかのような姿勢を見せている。 (まだ、私達に止めも刺していないのに…?) ―――隙だらけなのだ。 まるで警戒心を解き、無防備でその身を晒している英雄王。 それは今、なのはがデバイスを男の胸に突き立てようと踏み込めば あっさりとそれが成ってしまうのではないか?という錯覚すら起こさせた。 だが今、なのはは安易に踏み込む事が出来ない…… その目を釘付けにしているのは、英雄王の横に払った剣閃。 その軌道によって描かれた――― ―――― 線 ―――― その異様な光景――――― 三次元で構成された世界は全ての物体が縦幅、横幅、奥行きによって形成される。 だから厳密に言えば「線」という概念はこの世界には存在しない。 だというのなら……今眼前にある 世界にラクガキをしたかのような「線」は何なのか? あの帯状に見えるモノは何を意味する?―――― スターライトブレイカーを切り裂かれた光景を、なのはは脳内で巻き戻し、再生する。 自分の砲撃を切り裂いたモノはセイバーの聖剣を薙ぎ払った風とは明らかに別のモノだった。 まるで空間ごと裂いたかのような剣閃にて自分の砲撃は、拮抗すら出来ずに真っ二つにされたのだ。 それこそ今、目の前にたゆたう帯状の切り口にその魔力ごと切り分けられたかのように――― 「セイバー、さん……」 「…………」 なのはが掠れる声でセイバーに声をかける。 が、混乱した思考のままに発した声がセイバーの耳に届く事はなかった。 「大儀である―――セイバーとその端女よ。 ク、此度もなかなかに楽しい宴であった。」 そして―――やおら自分達から背をむけて、この場を去ろうとするギルガメッシュ。 かけられたのは労をねぎらうかのような……別離の言葉。 「あ、………」 なのはが尽きせぬ戦慄を感じ―――その呼吸が荒くなる。 心臓がバクン、バクン、と早鐘のように打ち鳴らされる。 それは津波を前にした海岸に立ち尽くすかのような―――猛烈な悪寒によって齎されたもの。 「セイバーさん……」 最悪の未来は、むしろこれから―――― 「掴まってッ!! まだ終わってないっっっっ!!」 セイバーを腕に抱える高町なのは。 全身を引き裂いた傷は、下手に動かせば命にかかわる。 それでも―――悠長な事は言っていられなかった! 今までなのはが凝視していた「線」が―― それが、ゆっくりと、上下に分かたれて―― まるで生き物の口のように開いていく!!!!!??? イイイイイイイイイイイイイ―――、という神経を圧迫する様な 巨大なヤスリ同士を擦るような、そんな音と共に! ―――――― ここに始まるは―― ―――即ち、天地の乖離と創造である ―――――― 二人の眼前でゆっくりと雄大に―――それは起こった。 先程から見えていた歪な線。 それは乖離剣エアが完全に発動した証拠。 「くっ……セイバーさんッ!!」 ゴゴゴゴ、―――と、深き所から鳴り響く地鳴りのような音。 魔導士の感が特大の警報を鳴らす。 何か……とんでもない事が起ころうとしている! それを察知したなのはがセイバーを抱えて共に空へ離脱しようと試み――― 「えっ…!??」 愕然とする……… 「どうしたのレイジングハート!? フライアーフィンを!」 そう、彼女に空を教えてくれた空戦魔導士の命ともいうべき―――――翼が、 翼が開かないのだ!!! I do not exercise it 慣れ親しんだ女性型デバイスの音声がその異常に対して答えた。 ―― 発動不可能 ―― 、と。 魔導士の顔が蒼白になる。 「ッッ…フラッシュムーブ!!」 I do not exercise it 「プ、プロテクション!!」 I do not exercise it 「どうしてッ!!? レイジングハートッ!?」 今までどんな苦しい時でも、ピンチにも自分を支えてくれた魔法の力。 それがここに来て彼女を助けない! 呼びかけに答えない!? ミッド式魔法――― 独自の技術にて形成されたプログラムによって世界に干渉し、それは発動する。 故に発動が妨げられるという事は……世界に自分の声が届かないか、あるいは――― その干渉する世界が――― ――― 死んでしまっている時 ――― 英雄王の持つ切り札――乖離剣エア。 それはこの世に二つとない死界の原典。 ――― 対界宝具 ――― 城をも一瞬で消し去る対城宝具を以ってなお、同じ計りに乗る事すら阻まれる規格外EXランク。 その能力は言葉通りの――― ――― 世界を斬る ――― ならば高町なのはの発動させる魔法に必要となる その地盤となる世界が切り裂かれてしまったのならどうする? ―――どうにもならない… 空の英雄、航空戦技教導隊のSランク魔導士が…… あの無敵のエース・高町なのはが……その力を完全に殺されたのだ…! 「何だ……これは――!?」 「アルカンシェル……ううん、違う。 違うけど、でもこれ…」 魔法を使えないなのはが、自分の足で立つ事も出来ないセイバーが その眼前の光景―――変貌……否、コワれていく世界を前に絶句する。 天地の乖離現象――― セイバーの聖剣を掻き消した吹き荒れる高出力の暴風ですら、エアに取っては前段階に過ぎない。 その真髄は、極限まで編み上げた魔風が世界を切り裂いた事によって発生する「空間断層」。 高町なのはの集束砲すら真っ二つに引き裂く、既存の力学の全く作用しない断層に敵を落とし込み、消滅させる。 これこそが英雄王の誇るエヌマ・エリシュ―――その真の姿だったのだ! ―――――― 「ぐ、ぁ……ッッッッ!??」 「う、ううぅッ!?」 そして二人に襲い掛かる、まるで全身を引き裂かれるような圧力。 押し潰されるような引力に捕らわれ、もはや二人は動けない。 例え両者が万全だったとしても……一旦、発動してしまったエヌマ・エリシュ―― 乖離現象に捕らわれて逃げ延びる事は不可能だ。 分け放たれた天と地、その狭間に存在する断層から発生する強大な引力。 吸い寄せられる体を必死につなぎ止め、互いの体を必死に支え、大地に伏せて耐える騎士と魔導士。 「セイバーさん! 手を離しちゃダメッ!!」 「………ッ!」 (―――何てことだ……これではナノハの足手纏いに…!) 彼女達を取り巻く世界。 その光景はもはや現世のそれにあらず。 視界を覆うは分け放たれた天地と、その間にある地獄のみ。 二人は今宵、世界の断面が傷んだ橙色である事を知る――― ビルが。雑木林が。停留していた車が。ありとあらゆるものがその断層に消えていく。 そして最後に二人の踏みしめる大地そのものが倒壊し、消えた瞬間―― なのはとセイバーの必死の抵抗は、その全てが無意味と化す。 創世の礎となる破壊の前に、あまりにも無力ななのはとセイバー。 舞い上げられた体が断層の只中に落ち込み――― 全てが、飲み込まれていた――― ―――――― 巨大な竜巻の前で。天を衝く津波の前で。大地震の前で。 人は悲しいほどに無力である。 自然――つまりは天が与えたもうた人への罰。 その前ではちっぽけな人間の叡智などは何の役にも立たない。 今、ここに立ち向かうは英霊の座に名を刻まれし最強の騎士と どんな災害、災厄の中においても任務を全うすると言われるSランク魔導士。 無力で翻弄されるだけの人間では断じてないとはいえ…… ――― 天地創造 ――― 原初の破壊と再生を司る天地乖離の儀式がこの大地に具現化されたのだ。 その現象はどこか、あのブラックホール。 超新星爆発によって生成した重力の塊にどこか似ていた。 もっとも今、このフィールドに起こっているのは風の奔流による擬似的な空間断裂。 宇宙にその存在をたゆたわせる黒き孔とは性質も何も全く違う。 それでも、あえて黒孔と今眼前に巻き起こる現象に共通点を見出すとするならば――― ―――それは中に落ち込んだ生物が辿る末路のみ 百戦錬磨の二人をして、これ程の現象に立ち会った事などあるはずがない。 しかも騎士は度重なる攻撃に晒され半死半生。 魔導士は今、己を支え続けてくれた魔法を封じられた状態。 この強大な破滅を前に、二人は抵抗する術も逃げる事も、そして互いを守る事すら出来ない。 舞い上げられた両者が、断層の引力に翻弄されて漆黒の裂け目に堕ちていく。 あれほどの強さ。あれほどの輝きを持った騎士と魔導士の、あまりにも無残で無慈悲な姿。 この強大な天の裁きの前では二人とて無力な人間と何ら変わらない。 断裂した空間に完全にその身が落ち込む、その瞬間―― 「ッッッッ!!!」 「!? ナ、ナノハ!」 戦う事も、飛ぶ事も、もう何も出来ない。 あらゆる術を失った高町なのはが――― ――― 最期に取った行動 ――― 少女の頭をぎゅっと両手で包み込むように 決して大きくない自身の体で、一回り小さい騎士の全身に覆いかぶさるように 迫り来る亜空間に自身の背中を向けて――傷つき動けぬセイバーをその身に抱きしめていたのだ…… それは己が身を盾にしてでも少女を守ろうとする行為に他ならない。 「…………、」 「バ、バカな!? サーヴァントの盾に――」 声を上げ、抵抗しようとするセイバーだったが手足が動かない。 その白い法衣の胸中に為すがままに顔を伏せられ言葉を遮られる。 物凄い力だった――膂力の問題ではなく。 振り絞るような、それは彼女の全力全開の力だったから。 まるで親が子供を身を挺して守るような、そんな必死さに溢れていたから。 それが彼女の出来た―――この世で最後の行為だったから……! 手に抱かれるセイバーが、彼女の両腕が小刻みに震えている事に気づく。 もはや覆らない。どうにもならない結末。逃れえぬ死を前にして――― 魔導士はその無念に震え、年相応の弱さを曝け出す。 だというのに 、自分も恐くてたまらないのに…… それでも彼女はせめて目の前の少女だけでも救おうと――助けようとしたのだ。 ―― 誰かの役に立ちたい ―― その一心で己を磨き、苦難に耐え、高く高く飛び続けて来た彼女は その夢の終わりにあってなお、彼女で在り続けたのだ――― 「ッ!!???? ぁ、あ、ッ!!」 少女を懐に囲い込んだ状態で亀のように体を丸めて 目を固く瞑っていたなのはが、その双眸を見開いて呻き―― 「きゃあああッッ!? ああああぁぁぁあああッッッッ……!!!」 喉の奥が張り裂けん限りの悲鳴をあげる。 破滅の空間に晒された魔導士の肉体を襲った人知を超えるような負荷。 それは今まで彼女が耐えて来たどんな攻撃とも違う。 そこは空間断層という無限の刃が飛び交い、天と地の重さがそのまま圧力となって存在する異空間。 落ち込んだ物体を、ミキサーのように切り刻み、カンナのように一皮一皮削り尽くし、雑巾を絞り上げるような湾曲した重力にて捻り潰す。 不抜と言われたエースオブエースのバリアジャケットが背中から、まるで紙の様に破砕して空間に消えていく。 そして鎧を剥がされた人間の女性に過ぎない彼女の体が……無残にも――― 「ナ、ナノハッ!! 駄目だッ!!」 悲痛な叫びをあげるセイバー。 自分を抱え込んでいた腕から伝わる衝撃を今、彼女は全て「直」に受けているのだ。 ザクリ、ザクリと腕を、足を、体を裂いていく空間。 ミチミチと全身の骨を、内蔵を潰していく圧力。 「あ、……ぁ、…」 だというのに、自分は何も出来ない…… 赤子のように守られているだけ―― その崇高なる想いを秘めた魔導士が、高町なのはの気高い心が余さず砕かれる。 彼女という存在―――その全てが水泡と帰す。 なのはのあげた断末魔の悲鳴も、セイバーの悲痛な叫びも全て虚空に掻き消される。 乖離現象によって生じた全てを滅ぼす空間全体に、イイイイイイイイイイ―――、という 天と地が擦れ合い、軋む時に生ずる音が木霊し、それ以外の音を全て消し去った。 そして……最期まで必死に騎士を抱きしめていた高町なのはの全身から――― ――― 力が抜ける ――― パク、パク、と口をつくなのはの言葉―― それが音になって誰かの耳に残る事はない。 滅びは、別れの言葉を残す事も許さない。 「………っ!」 だが―――セイバーの耳には確かに届いた。 音にならずとも、その強き想いが、直向な気持ちが――確かに届いたのだ。 お願い…… 、と。 せめて、、セイバーさんだけでも…… 、と。 その全身から生気が抜け、口から一筋の血の雫が垂れ、死に行く魔導士の今わの際に出た言葉は 自分を巻き込んだ騎士に対する恨みの言葉でも、理不尽な敵に対する怒りでも、突如降って沸いた死に対する恐怖でもなく――― ――― ただ一心に騎士の少女の身を案ずる言葉 ――― ―――――― 薄い緑の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。 最期まで我が身を呈して己を守ってくれた魔導士。 友の名を汚され、聖剣を辱められ、そして今―― 心優しい友――そう、盟友の命を眼前で散らされようとしている。 何が―――剣の英霊か 何が―――騎士王か 少女は慟哭する。 あまりにも何も出来ない自分自身に。 聖剣よ――――私に力を 私はどうなっても構わない ナノハだけでも、彼女だけでも助ける力を 私に貸してくれ……お願いだ ポロポロと止め処なく落ちる涙。 既に世界は音を司る機能すら停止し 彼女の言葉が「言葉」になる事はなかった。 だが構わず――騎士は懇願する。 かつて世界に救済を求めた、その時に負けないくらいの想いで エクスカリバー!! 我が声を聞き届けてくれッ!! だが、その思いすら虚空に消えていく。 乖離された世界において、その存在を許されるのは開闢の星たるギルガメッシュのみ。 それ以外の何もがここでは何の意味を持つ事もない。 セイバーの体にも崩壊が始まる。 全身を切り裂かれるような奔流と捻じ切られるような圧痛が傷ついた身体を磨り潰さんとする。 だが―――― ………… ―――痛くない。 想像を絶する激痛に苛まれている筈なのに、体が苦痛を訴えてくる事はなかった。 何故なら―――――痛いのは心だったから。 滅び行く肉体を苛む苦痛の何倍、いや何十倍も心が軋んでいたから。 高町なのははこんな苦痛の中、最期まで自分を離さなかった。 その命の灯火の尽きる直前まで、自分の身を案じてくれていた。 その魔導士の手がゆっくりと―――抱えていた騎士の頭から離れていく。 そして既に亡骸も同然のなのはの肢体が、まるで水辺に投げ出されたボロ布のように虚空に吸い寄せられていく。 待ってくれ! 待ってッ!! エアの直撃で千切れかけた腕を伸ばし、なのはの体を必死に掴んで引き寄せるセイバー。 グッタリと力無いその肢体はもはや息をしているのかさえ分からない。 未だ収まらぬ滅びの放流。 闇が見える――底の見えない深き断層。 魔導士も、そして今、辛うじて意識を保っている騎士も あと数刻を待たずして粉々に分解され塵芥と化すであろう。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 これがこの戦い――― エースオブエースと騎士王。 そして英雄王ギルガメッシュとの戦い。 その結末――― 二人は乖離剣が作り出した断層の中で無残に掻き混ぜられ、終局を迎える。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 あらゆるものが虚空に消え失せた空間の中で――― 残ったのは静寂。 空間が軋む歪んだ音と、寂しげな風。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 そして いずれそれらも飲み込まれ 完全なる無となり――――ここに舞台は幕を閉じる。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ―――――― 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 …………… ここは終わった世界――― 何者の存在も許さぬ役者の去った舞台。 だからもう―――何も無い。 演じる者も見物する者も全てが退席した空間。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ―――――その消え往く世界の隅に 何故、あんなものが残っているのか? どうして――― 全てを消し去る虚空の中で――― あんな光が灯っているのだろうか? ――― ―――――― 乖離剣エア――― 規格外の評を受ける事を許されたその宝具の真髄こそ、世界を切り裂く「対界」という力。 その最大出力、エヌマ・エリシュに飲み込まれた者に待つのは絶対の破滅。 何者も、どのような力も、この死の原典が紡ぎ出す世界では存在を許されない。 、、、 しかし、その絶対の神話を打ち砕いた者が――過去、一人だけ存在した。 否、それは過去と呼んでも良いものか。 時空を超え、幾多の運命の糸に手繰り寄せられ 人類最古の英雄王の眼前に立ちはだかった……… かの者こそブリテンの騎士王――アーサー王。 そう、今……滅びゆくセイバーの胸に灯る熱き光。 どうして忘れていたのだろう…… 何故、記憶の底に沈んでいたのだろう…… ガチャリ、ガチャリ、と――「ナイト」を縛る鎖が次々と外れていく。 騎士の声にならぬ叫びをまるで世界が聞き届けてくれたかのように 「それ」は確かにセイバーの中にあった。 灯る一条の光は温かく――何よりも大きな存在感を伴って、そこに在ろうと輝きを増す。 全てを消し去る地獄の中で天上天下に唯一存在を許される開闢の星・ギルガメッシュ。 だが、長きに渡る星の記憶の中でセイバーだけが―――その隣に立つ事を許された。 ――― EXランクに拮抗するEXランク ――― 規格外の前に立ち塞がる規格外。 少女の体内でドクンと脈打ち、静かに始動を始めるそれは――― ――― アーサー王が最終宝具 ――― ……死なせない かつての友の剣で打ちのめされ、心身ともに砕かれた。 ……貴方を決して死なせない 己が存在そのものと言える聖剣を完全に打ち破られた。 ……そして英雄王 友を傷つけられ、今―――目の前で死に至らしめようとしている。 ……貴様には絶対に負けない!! ギルガメッシュの、セイバーにのみ的を絞った執拗な攻撃。 それは裏を返せば知っていたから―― 男がかつて、全力でぶつかり競った唯一の友。 この目の前の女が、あるいはそれに並び兼ねない「もの」を持っているから。 ボロボロに嬲られ蹂躙され、地に叩きつけられ、泥に塗れて伏せようとも この騎士王が決して屈服しない事を知っていたから。 この方向感覚すら狂った断層の中で――― 「アーチャー…」 セイバーはありったけの思いを込めて叫ぶ。 「たとえ貴様が、世界の全てを手にするほどに強大でもッ――!!!」 魂すら揺さぶる絶叫。 「決してその手の届かぬものがあると知れッッッッッ!!!!」 そう、音すら死んだ世界にてセイバーは確かに叫んだ。 彼女の内から漏れる小さな光がその輝きを増し、騎士を取り巻くような大きな破光を伴って―― それは一つのカタチとして現界しようとしている! 少女の中心にゆるりと回転しながら現れる 目を覆うばかりに光を放つ、それは―――鞘。 右手に傷つき息絶えようとしている魔導士をしかと抱き寄せ 左手に胎動する自らの宝具を翳し……騎士はその鞘の真名を叫ぶ! 渾身で、喉が潰れかねないほどに叫ぶ、万世不当のその力こそ、即ち――― 「――― アヴァロンッッッッッ!!!! ―――」 万感の想いを込めた叫びを「世界」は確かに聞き届ける! 死で彩られた地獄の上に新たなる世界が誕生する! この死と滅びに満ちた空間ですら「ソレ」だけは否定出来ない! 五つの魔法すら届かぬ絶対の領域。 アーサー王が死後、辿り着くとされる、決して届かぬ光の大地。 ――― 遥か遠き理想郷 ――― それが今、ここに具現化するのだった――― ―――――― 無重力の空間を彷徨う―――そんな感覚が彼女を支配する。 肉体の檻から抜け出した魂魄が現世を彷徨うとはこういう事か。 高町なのはは――――死んだ 齢にして20年。 抗い続け、飛び続け、戦い続けた生涯の果ての光景を今、彼女はその目に映す。 ぼんやりと視界に映った景観はこの世のものとは思えない。 周囲を囲む傷んだ橙色の天井と大地は、そこにありながら決して手の届かない所にある。 そして中央には天地を分ける漆黒の裂け目があった。 それはまさに地獄のような光景。 だが、そんな中にあって――― 今、自分を取り巻く大気だけが何か違っていた。 感じるのは安らぎ。温もり。優しさ。 地獄に似つかわしくない、まるで包み込むような柔らかな空気。 地獄に落ちた人間がこんな安らぎを感じる事など有り得ない。 だからここが天国なのか地獄なのか、彼女には分からない。 気だるげな意識は彼女のカミソリのような思考をほとんど停止してしまっている。 でもきっと、ここは天国だ。 ひたすらに誰かを救うために頑張った。 自分を犠牲にして誰かのために飛び続けた。 そんな彼女が地獄に落ちるはずがない。 だって彼女の霞む視界には……一人の天使がいたのだから。 風になびく金の髪に綺麗な薄緑の瞳。 人の身に到底纏う事の出来ない神々しい光を称えて 金髪の天使は彼女……高町なのはを抱いている。 とても心地良かった。 とはいえ、自分を抱く天使の腕の手甲の固さだけが 後頭部の骨と擦れ合い、不快といえば不快だったが…… その銀の甲冑を着た――騎士のような様相の天使が 必死で何事か叫んでいるのを、なのはは混濁した意識の中で――― 「あ…………」 否、その意識をゆっくりと覚醒させていた。 瞳孔の開き変えた双眸に再び光が灯り 閉じかけた瞼をゆっくりと開けて その身を起こそうとして―――全身を襲う猛烈な激痛に顔をしかめる。 「うッッッ…………痛ぅ…」 だが、痛みがあるという事は―――自分はまだ生きているという事で… 「……………私……生きてるの?」 その事実を、咄嗟に受け止められない高町なのはである。 まだ生きている…? そんな筈はなかった。 命を取り留められるような傷では到底なかったはずだ。 その耳は確かに――自身の体が砕ける音を、内蔵の潰れる音を聞いた。 だが目の前にいる騎士は決して、自分の脳内で再生された幻ではなく現実のものだ。 自身も傷だらけの体で、瀕死の自分に必死に呼びかけていた小さな少女。 「ナノハ…………」 意識を取り戻した魔導士を見て少女が破顔する。 ギルガメッシュの放つ最大の攻撃。 エヌマエリシュ――天地乖離の地獄の空間の中で…… 「もう……大丈夫です。 危ない所でしたが――それが貴方の傷を癒してくれる。」 そう、二人は―――何とか生き残っていた。 見ればなのはの胸の上 目を覆うばかりの輝きを放つ白き鞘が浮かんでいる。 魔導士には何が起こったのかまるで理解出来ない。 出来ないが、どうやらこの鞘―――恐らくはこれにより、一命を取り留めたのは間違いないようだ。 今の高町なのはに知る由もないが、これこそ聖剣の鞘の加護。 エクスカリバーの真の力――― アーサー王の無敗の伝説を打ち立てたのがその刀身であるのなら、この鞘は王の不死の伝説を担うものであった。 外部からの脅威を完全に遮断し、命に届くほどの傷をたちどころに治すこの鞘によって ミッドのどのような回復魔法ですら手遅れだと思われた取り返しのつかない傷がみるみるうちに塞がっていく。 視界が幾分回復してきたなのはが自分を見下ろしてくる騎士の顔をまじまじと見る。 そのセイバーの目元は―――赤く腫れていた。 「もしかして………泣いてくれてたの?」 「―――――、は?」 魔導士のいきなりの問いに完全に不意をつかれた少女である。 しばらくポカンとした後――― 少女の頬が唐突にカァ、と……淡いピンク色に染まる。 「―――傷の、加減でしょう……」 ツイ、と顔を背けるセイバー。 最強の騎士のそんな可愛らしい様子を見てクス、――と笑いを含んでしまうなのは。 「………はは。 さっきとあべこべだね」 完全に駄目かと思った。 その死の淵から拾い上げてくれた騎士に対し―― 「ありがとう……」 なのはは千の思いを込めて感謝の言葉を送る。 「…………」 今更の事だ。 先の魔導士の言葉通り、さっきはこちらが助けてもらった。 互いに危機が迫った時は双方、命を賭してそれを守る。 仲間として戦友として当然の事をやっているに過ぎない。 心の底からそう考えている騎士と魔導士だからこそ――出会って間もないながらも二人は最高のパートナーであったのだ。 「それにしても……」 改めて周囲を見る魔導士。 未だ周りは凄まじい光景が広がっていた。 「つくづく、しぶといよね……私達。」 セイバーに助け起こされ、何とか立ち上がったなのはが苦笑交じりに呟く。 「む………」 「凄く長い時間、戦ってる気がする。 これだけ粘られると、相手する方は疲れちゃうよね……」 「確かに――サーヴァント戦において、ここまでの長丁場になるケースは珍しい。」 「それ、セイバーさんの場合 すぐに相手を倒しちゃうからじゃないかな…?」 「いえ。私はこの通り、剣しか取り得が無い者です。 どちらかというと接戦になる事が多いのですが――」 「スゴイね……貴方と互角に打ち合える人なんているんだ…」 「………」 「………」 程なく二人の間に沈黙が流れる。 だがそれは言葉を出しあぐねているのではなく 互いに考えている事が分かるから―― 「そろそろ―――反撃しよっか…?」 ビリっと空気が震えた。 沈黙を破ったのはなのは。 決意の篭った眼差し。 短いながらも、その言葉の意味を履き違えるセイバーではない。 「私も……次で最後にするつもりでした」 フ、と不適に笑うセイバー。 それは奇しくも第5次の再現。 攻防全てに隙の無いあの最強の英霊。 その彼の、唯一にして決定的となる隙が出来るのは―― ――― エアの発動後 ――― ゆっくりとその身を起こす騎士王。 彼女の銀の鎧が――光の粒子となって消えていく。 鎧に残った魔力すら聖剣に集め、黄金に光る剣を掲げた少女が悠然と立つ。 その横、白い法衣をはためかせ、肩を並べて立つは無敵のエース高町なのは。 「次がファイナルショット……もうたいして大きいのは撃てないけれど それでも手数が多い方が成功する確率は高くなる…」 セイバーが一瞬、戸惑った表情を見せるが―――もはや詮無い事だ。 戦士として認め合った彼女たち。 この全てが決まる局面にて、肩を並べて戦う友として 危険だから控えていろ、などと口が裂けても言えるはずがない。 「最後までやらせて……セイバーさん」 「はい―――勝ちましょう……ナノハ!」 空間の裂け目のその向こう――― 未だ強大な姿にて佇んでいるであろう黄金の王に向けて二人は気勢を飛ばす。 「生き残ろう……セイバーさん!」 右構えのセイバーと左構えのなのは。 肩を寄せ合い、並んで構える。 その杖と剣の先が、コツンと交わった時――― 二人の戦意が、闘志が、不屈の心が――― 何者をも貫く……最強を冠する英雄王をも打破する矛となる! ――― その瞬間が近づいてくる ――― 結末は、戦いを仕組んだ盤上の神々ですら分からない。 誰もが予想だにしなかったその終局――― 今………全てが決まろうとしていた。
https://w.atwiki.jp/chaken_archives/pages/440.html
アキラが透明になって潜入した際、手元にあったりんごを食べた時に、 敵の一人がそれ見て驚いたときに発した言葉 よほどお腹が空いていたのだろう
https://w.atwiki.jp/siberia_specialforce/pages/99.html
はっきり言って妙な人 通称「シベ」なのかな?かな? 近頃国境警備隊と特殊部隊を掛け持ちしはじめたみたい。 何か、場合によってはすごい人。 研究員に必須な物以外も持っている。 なんか、羽が出てくることもある。 一度死に掛けた。四代目スレの 534の災害で死に掛けた。 そろそろ階級うpしてほしいらしいが、階級知らないようだ。 シベりんごの日記
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/536.html
鋼の山脈 三・黄金の海 終日、部屋から出ることはなかった。 元々個室であるため別室へ送られるということもなかったが、レムを含む他の者の出入りも禁じられ、修練に出ることも、工廠に行くことも許されない。 食事さえも味気ない保存食が部屋に運ばれるだけで、運ぶ係は口を聞いてはいけない決まりになっている。 レムはあまり多弁な方ではない。とは言え、喋らないことと、喋ってはいけないこととは大きく違った。 謹慎がどういうものか、知識として知っていたものの、これほどまでに気持ちを落ち着かなくさせるとは考えもしなかった。 剣を振ろうにも、若い戦士の個室の広さなどたかが知れている。自主的に運動して、筋力が衰えないようにするのがせいぜいだった。 寝台に腰かけて、沈む太陽によって輝く赤色に染め上げられていく空を眺める。 タワウレ氏族を訪ねた成果は、十分にあった。気付かない内にではあったが、精霊に会い、言葉を交わすことができたのだ。 そして精霊の加護を得られる精霊刻印。使い方は十分には把握していないが、贈られた意味はよくわかっている。 それらを、ビスクラレッドに報告に行くこともできない。 結局のところ、自分と精霊との感応はどうだったのか、結論は出ないままだった。タワウレ氏族では、あちらから語りかけてきたからこそ、うまくいった。 自分から語りかけた時、精霊は応えてくれるだろうか。 エリエザとガウロは、うまくやるだろう。タワウレに戻るのかどうかまではわからないが、ダバウもいる。 レムとしては、犠牲はあったものの、なんとかうまくまとまって良かったと思っていた。 謹慎処分は、その結末に安堵していたレムに痛棒を食わせた。 自分がうまくやれたと思い上がっていた、その足元を掬われた。何よりも大切にすべき、出身の氏族が、レムの行動に疑問を呈したのだ。 溜息が出そうになって、腹筋に力を入れた。臍下に意識を集中し、溜息を深呼吸に変化させて、吐き出す。 いっそのこと、尾を切られていた方がましだったのではないか、という気分さえ浮かんできたが、すぐに打ち消した。 何日目かの朝、乾燥した固形物を水差しで胃に流し込んでいると、部屋の外壁を叩く音がした。 来客は禁止されているはずである。 声を出せば際限なく喋りそうな気がして、応えずにじっと待っていると、扉代わりのカーテンが開かれ、歳長けた祭司の姿が現れた。 鼻筋の通った、きつい眼差し。どこか見下すような感じが、そうした刺々しい印象を与えるのだと、なんとなく思った。 「謹慎中だそうですね、レム」 ゼリエが、言った。 カーテンの向こうには、お供の祭司が何人か、きちんと整列している。 レムはやはり答えない。寝台の上で向き直りはしたものの、やや俯き気味の姿勢のまま、目だけゼリエに向ける。 下から睨み上げるような視線を受け止めながらも、動じた様子もなく、壁のようにゼリエは言葉を続ける。 「謹慎処分の期間を祭司としての修練に当てます。ここを引き払いますよ」 「待ってくれ」 寝耳に水だった。謹慎というのは、そういう扱いでいいのか。 「いったい、いつそんな風に決まったんだ」 「戦士として務めを任せられない状態ということなら、祭司としてであれば問題ありません。あなたの身柄は、こちらで預かります」 「そんな。父様は、なんて」 父と聞いた時に、能面のような無表情を決めていたゼリエの顔が、微かに動いた気がした。 「そもそも最初から、女は祭司になるのが当然なのです。希代の祭司の娘であるあなたが、精霊の祭りを何一つできないままなどということが見過ごせますか。 早くなさい。こちらの準備はすでに整っているのですよ。時を無駄にするつもりですか」 ゼリエは以前から、何かというと強引に物事を推し進めようとする。今回も、そんな空気を感じたが、彼女の言うことにも、元々一理あった。 謹慎も氏族の決まりなら、女が祭司だというのも、氏族の決まりだ。誰かが気を回して、この期間に、本来あるべき役柄にレムを就けてみようと考えることも有り得た。 そして、精霊と話ができたと言っても、精霊から実体を伴っての干渉があった結果である。 ああした騒乱がなければ、向こうから干渉が来るということもなかっただろう。こちらからの働きかけのみだったら、どうなっていたか。 自信なら、ちょうどがたがただ。 「必要な物は、すべて揃えてあります。あなたが持っていく必要のあるものは、何もありません」 ゼリエの細く吊り上がった目が、レムを見る。 「剣は置いて行きなさい」 本当は、捨てろ、と言いたかったのは、よくわかった。 ゼリエと祭司団に囲われるようにして進んだ先は、断崖城城塞部分の、祭司で使っている区画だった。 香と女の匂いの立ちこめる一角を、まるで連行されるように進む。奥まった一角の扉を、ゼリエが鍵を使って開いた。 祭司たちが、レムとゼリエを扉の中へ送り出す。 「彼女たちは、ここまでです」 レムが振り向くと、ゼリエの声が来た。 「この先は尖塔だな」 「そうです」 尖塔の噂は、戦士団にも伝わってきている。 ただし、お偉いさんの気に入らない者を押し込めておく所だとか、他者より厳しい修練を課すところだとか、真実かどうかもわからない、無責任なものばかりである。 一貫しているのは、皆良い印象は持っていないということだった。 だが、厳しい修練は、えてしてそういう先入観を持たれがちである。 レムが父に課せられた修練も、初めのうちは見かねた熟練の戦士が何人か止めに来るほどだった。 口さがのない女たちは、父がレムを虐め殺そうとしているとさえ言っていたらしい。 「ここは断崖城で二番目に世俗より遠い場所で、特に才のある者を住まわせて修練させています。あなたはこれから、ここで寝起きをします」 つまり、祭司団、少なくともゼリエは自分をそれくらい高く買ってくれているのだろう。 ただ、祭司としてのレムの評価点と言えば、母が優れた祭司であったということだけである。 これさえも、ゼリエの口から出たものだった。 「私にそんな才能はないかもしれない」 不安を不満に変えて投げつけると、扉の先に続いている螺旋階段に足をかけていたゼリエが、振り向いた。 射抜くような視線がレムを捉える。 「行きますよ」 それ以上取り合うこともなく、朝だと言うのに光もささない陰気な螺旋階段を上っていく。 しばらく上がっているうちに、なんとなく明かりが差し込んでくるような気配を感じた。 案の定、上り切った先に、小さな明かり窓があった。厚い扉の嵌った壁の前に、鉢植えの植物がある。 やけに冷えた空間だった。 「ここです」 ゼリエが扉の鍵を開く。 尖塔の頂上は、若い戦士に与えられる部屋より少し広い程度の、石材が剥き出しになっている一室だった。 大きな採光窓の傍に寝台が置かれ、衣装棚が壁に立ててある。 毛織の絨毯が敷かれている他は、卓すら置かれていなかった。 「精霊との感応を鋭く保つため、ここでは俗世との関わりを断ちます。無断で外出したり、許可なく外の者と言葉を交わしたりすることは許されません」 厳しいな、と思ったが、要は謹慎中と変わらない。 窓は、身を乗り出さなければ露地の様子もよく見えなかった。 周りを見回しているうちに、ゼリエが衣装棚から長衣を取り出してきた。 「今日は、今後についての話と、祭司としての立ち居振る舞いを教えます。扉の前にいますので、着替えを終えたらすぐに出てきなさい」 そう言って、ゼリエは部屋を出ていった。 窓を見る。 空が近い。確かに、霊地に似た肌を張り詰めさせるような気配が漂っている。 だが、それ以上ではない。 何か例えようもない違和感が、靴に入り込んだ砂利のように気になっている。 きっとタワウレに行く前、二人の精霊と話をしていなければ、その違和感に気づくこともなかっただろう。 「まだですか」 扉が叩かれる。レムが身動きしていない気配を察したのだろう。 慌てて長衣を手に取る。 そう言えば、ゼリエのことも、ひとつだけ引っ掛かっていた。 レムが自分に才能がないかもしれないと呟いた時の、あの視線には、ゼリエが普段他人に向けるような見下した雰囲気と、もうひとつ。 戦士として幾度となく馴染んできた感情が含まれていた。 ゼリエとは、祭司になるならないの押し問答ぐらいしか関わりがない。 だから、なぜ自分が敵意を向けられなければならないのか、レムにはまったくわからない。 長衣を帯で締め、その上に袖のない飾り着をかける。股下に布がないのが、妙に落ち着かない。 手首まで袖のある衣を着るのも、何年ぶりだろうか。 柔らかい布質ながら、女性的なラインをくっきりと描き出すような作りになっており、まだまだ成長途中かつ筋肉質のレムの体型では、不格好なのが自分でもわかった。 下ろしたての服の、やや肌に硬い質感も、そうした不似合いな雰囲気に一役買っている気がした。 レムの姿を見たゼリエの顔にも、まるでままごとのようだと、はっきり書いてあった。 ゼリエに連れられ、螺旋階段を降りる。祭具置場を抜けた先が、修練場だった。 戦士団の修練場は、自分から来る者の他に、世話焼きの先輩戦士に引きずられて来るなどして、取り立てて時間などは決められていない。 ここの修練場の中には、若年の祭司がおそらく全員、集められているのだろう。 声を揃えて謡いながら、ゆるやかに舞っている。 短鞭を手にした年長の祭司が間を巡り、舞の型を崩したらしい一人の腕を打った。 外に立っているレムにも聞こえるくらい、音が響いた。 「外の修練は、舞と謡と祈りです。今行われているのは、氏族の隆盛を精霊に示す舞です」 ゼリエの話声で気を逸らされた幼い祭司が、首筋を打たれた。 祭司に上がって、まだ何年も経っていないだろう。 外の修練という言い方について尋ねたかったが、動きがあれば中の祭司たちの修練を乱してしまう。レムは質問を呑みこんだ。 そのレムの横顔を見て、ゼリエは言葉を続ける。 「あなたにもあの中に入ってもらいます。型の基本は、身につけてもらわなければなりませんからね」 鞭のおかげで視線こそ向けられないものの、祭司たちがレムを気にしているのは見なくともわかった。 その場を離れて、未婚の祭司の私室が集まっている一角を横目に、上階へ上がった先に、少し階級の上がった部屋が連なっていた。 坑道を改修している戦士団の部屋は、出入り口は厚いカーテンだったが、こちらではきちんと木製の扉が使われている。 ゼリエは、そのうちの一室を指し示した。 「私は、普段はここにいます。ここと修練場にいなければ、家に帰っていますからね。同じ城塞内ですが、あなたは居住区画に来てはなりませんよ」 「ゼリエ、さっき、外の修練と言っていたのは?」 レムを見下ろして、ゼリエは鼻から息を吐いた。 「今は許します。口のきき方を知らないのであれば、そう言いなさい」 ゼリエのその態度では、元から抱いていた反発を再確認することにしかならない。 レムは、丁寧な物言いができないわけではないのだ。 「外の修練というのは、体の外に身につける、動作や技術などを鍛えるものです。対となる内の修練は、体の内にある魔力の引き金を起こす方法、 精霊と感応し語らう力を鍛えるものです。精霊と意識を繋ぐことは極めて負担がかかります。そのため、戦士とはまた違った厳しい修練を課すことになります。 やり方は、次の場所で教えましょう」 そう言って、ゼリエは階を下りていく。 先ほどの修練場とは別の方角へ進んでいった先に、さらに下る階段があった。 傍の棚にあるランプを手に取り、真っ直ぐな石段を下りると、広い石室が広がっていた。 壁に燭台と香炉がしつらえてある以外は、ひたすらに冷えた剥き出しの石材があるばかりの、広い部屋だった。 手燭の明かりでは、向こう側の壁がおぼろげにしか見えない。先程の修練場よりあるのではないだろうか。 微かに風の通る気配がする。ふわりと、鉄の匂いがした。 「ここは……」 「断崖城の地下、鋼の山脈たる精霊コーネリアスの、腹の内です。言わば二つ目の霊地――特別な修練や、外の環状列石で行えない祭儀を、ここで扱います」 外の霊地とは似ても似つかなかった。風が肌の感覚を鋭敏にすることもなく、ただ締め切った部屋の空気のよどみが漂っているばかりだった。 ここは、昏い。 「ここで昼夜を過ごす修練も、いずれ行います。心得ておきなさい」 こんな重苦しい場所で何を鍛えるのか、レムには見当もつかない。 タワウレでは、あの二人の精霊は、いともあっさりと声をかけてきたというのに。 夜が更け、外にいるのが夜戦修練中や不寝番の戦士ぐらいになったところで、レムはゼリエに伴われて外へ出た。 「祭儀は基本的に、夜に行います。余人の目があっては、祭儀が俗なものになってしまいますからね」 レムにとっては慣れた坂を上りながら、ゼリエは振り向きもせずに語り続けている。 「逆に、死者を葬るなり、家族の縁組なりの俗な儀は昼に行います。とは言え、こちらも縁のない者を受け入れることはありませんがね。ここまでは、知っての通りです」 祭司が祭儀を一手に引き受けているからこそ、戦士も工廠も食事係も下働きも、己の仕事に専念できる。 だがどことなく、祭司以外を祭儀に関わらせないやり方は、そうした分業の考え方とは違う場所に根があるような気がしていた。 霊地は相変わらず、鋭い冷たさを孕んだ風が吹いている。剣を振る時と同じ空気が、気持ちを落ち着かせた。 ぼろ袋のような老狼は、やはりいるはずもなかった。 「何を探しているのですか」 「なんでもない」 あまり大したことでもないと思ったのか、ゼリエはそれ以上聞き出そうとせず、環状列石の内側に歩を進めていった。 「こちらへ」 呼ばれて、同じように環状列石の内側に歩み入る。 環状列石とは言うが、腰掛けられる程度の盤状の岩や、レムの頭より少し高いくらいの岩の塊だったり、大きさはまちまちで、石柱が規則正しく並んでいるわけではない。 周囲の岩から、何か空気が集まってくるような感覚があった。 「空気が肌を緊張させるような感覚がわかりますか?」 「うん」 受け答えひとつにも、ゼリエの表情が動くのがわかった。 「では、坐の組み方を教えます。内の修練の根幹となる、最初の一歩となりますので、今日の内に身につけなさい」 ゼリエは、草地に腰を下ろして、胡坐のような足の組み方をすると、その上に両手を組んでそっと浮かせる。 「同じようにしなさい」 ゼリエの正面に回って、レムも同じようにしてみる。 それと感じさせない程度に、冷たい風が吹き抜けていく。 「体を風に溶かしなさい。胸の内、体の芯まで、外の空気に晒すように」 背骨が剥き出しになるイメージを、体中に満たす。体温が下がっていく。周りに何かいれば、すぐに知覚できるように、ひたすらに己を殺す。 右手を上げて風にそよぐように回転し、他の祭司と動きを合わせて振り向き、同じように今度は左。 舞踊中にも関わらず、指導役の祭司がつかつかと近寄ってきて、レムの二人隣に鞭を振るった。 革の鳴る音がする。 「腕が下がってきています」 「す、すみません」 歌がやむと同時に、円を描いていた舞踊も止まる。 レムより年上であるが、少しおっとりした印象の祭司である。怯えた顔で、鞭から遠ざかるように身を引く。打たれた部分を押さえることはしない。 みみず腫れになっているだろうが、叱責の際に痛む部分を押さえていると、真面目に聞いていないとされて、さらに打たれるのだ。 「新入りもいると言うのに、なんと無様なことでしょう。あなた一人の不出来のせいで、あなたの家族は精霊から加護を薄くされるでしょうね」 「すみません、すみません……」 「謝るだけなら幼子でもできるでしょう。まったく進歩のない……」 すっかり委縮しているにもかかわらず、指導役は、まだ小言を続けている。 さすがに見かねた。 「ちょっと待て」 指導役がレムに険しい目つきを向ける。だけでなく、修練をしていた他の祭司たちも、ぎょっとしたようにこちらに注目してきた。 「ゼリエから聞いています。あなたね。口のきき方のなっていない、礼儀も作法も知らない乱暴な出遅れは」 修練が始まってから、地位の高い祭司からずっと向けられていた、蔑むような目。 そして、抗弁したレムに他の祭司から向けられるのは、どういうわけか非難がましい気配を孕んでいた。 何かが歪んでいる。 「違うところを違うと言えば、それで終わるだろ。そんなに責める必要はあるのか」 「私たちはコーネリアス氏族の祭儀を一手に引き受けているのです。精霊の加護が得られるかどうかは、私たちの働き如何にかかっているのであれば、 些細な手落ちでも厳しく直すのは当然のことでしょう。その程度の責任感さえ、わからないのですか」 答えると言うより、不快感を理屈に包んで、そのまま投げつけてきたような印象さえあった。 「まったく、躾のなっていない。外で男どもに甘やかされていのでしょうけど、ここでは違いますからね」 さっさと戻れ、と追い払う仕草をされる。 「そうじゃない。直すのは当然だ。それを」 「早く戻りなさい。歌の一つも覚えていない未熟者が。こんなようでは、戦士団から追い出されるのも頷ける話ね」 一瞬、肝が冷える感じがした。僅かに動揺した表情を見た指導役が、かさにかかったのが見えた気がする。 「違う。追い出されてはいない。謹慎期間が過ぎれば……」 「謹慎をさせられている時点で、戦士団にも迷惑をかけているとは考えないの。聞けばあなた、私用で出掛けて行った先で面倒を起こして わざわざ父親が出向く羽目になったそうね。自分の始末も自分でつけられない半人前が、結構なことね」 それを言われると、何も言い返せなかった。 よかれと思っての行動が、氏族の不利益に働きかねなかったのは、初めてのことだったのだ。 判断が甘かったという思いが、謹慎を言い渡されてからずっと胸の奥に重りのように居座っている。 気が付けば、周囲の視線もいつの間にかレムに対しての苛立ちを明確にしていた。 「早く下がりなさい。あなた一人が、修練の邪魔をしているのがわかりませんか」 元の位置に戻るしかない。 苦さを噛みしめる。 集団での修練が終わってから、祭司たちは話をすることもなく、さっさと修練場から引き揚げていった。 私語をしないようにあらかじめ言い付かっていたとは言え、異様な雰囲気だった。 そのまま待っていると、ゼリエが入ってきた。 「進歩がありませんね」 冷えた視線で言われるのも、もう何度目だろうか。 事実そうなのだから仕方がない。 舞踊も謡いも、修練の様子を見せられて、すぐに輪の中に放り込まれたのである。なんとかして動作は覚えたが、まだ全体からワンテンポ遅れているところはあった。 今日も初めの内から既に二度、抗弁してからは特に集中的に打たれた。 鞭より強い打撃に慣れているせいで、肉体的にはさほどつらくはない。他の祭司が疲れ切ってしまうような長い時間の修練でも、体力に余裕はある。 集団についていけない自分と、他の祭司から向けられる迷惑そうな視線が、心のどこかに入っているひびを、揺さぶって広げようとしている。 謹慎にされるまで、そんなひびなどなかったのに、今は一度の揺さぶりごとに、うかうかすれば自分がばらばらになりそうになっているのがよくわかる。 「戦士団では年長者への抗弁は認められたのでしょうが、その習いは棄てなさい。私たちには、私たちの律があるのです」 修練中のいざこざのことを言っているのは、間違いない。どこかで聞いていたのだろう。 「戦士団は、律を乱す愚か者は、刃の下で勝手に消えていきますが、私たちはそうはなりません。私たちの不手際は、精霊の加護を薄める結果になります。 技術の拙い者は、今の内に正してしまわねばなりません」 それでも、先程の指導役は狭量だと思えた。本当に注意だけが目的なら、ああまで責める必要があるとも思えない。 「ゼリエ」 「話を聞いていましたか」 みなまで言わせず、鉄扉を閉じるかのような、冷やかな言葉が返された。 「さあ、行きますよ」 次は、内の修練だった。 先導に付き従って、地下に降りる。 まだ日の浅い祭司には、それぞれに応じて精神を強く鍛える修練が組まれる。先程の集団も、何人かは霊地や他の修練場で坐を組んでいるだろう。 広さがあるにもかかわらず、圧迫感を覚えさせる石の部屋の中央で坐を組むと、ゼリエが香炉に香を入れた。 微かに酸味を感じさせるほのかな香りが立ち込めていく。不寝番の時に、眠気覚ましに使う香りと良く似ていた。 「今日は、一夜眠らず坐を組み続けなさい」 そう言い残して、ゼリエは出ていった。 燭台に火をつけていかなかったために、香が燃えるわずかな橙色が真っ黒い空間に浮いているばかりになった。 見張らないのかと思ったが、周りを見回せばその必要がないことがわかる。身を押し潰そうと迫ってくるような、どこまであるかもわからない膨大な黒い闇は、 そこにいるだけで気力を削り取っていくようだった。 坐を組み、背筋を伸ばす。目を開いていると、香の小さな明かりが目に入り、辺りの闇の重苦しさがはっきりと感じられてしまう。 目を閉じ、体の芯に意識を集める。肌に押し付けてくるような空気を受け入れ、体を闇に溶かすイメージをする。 微かに空気の流れが感じられた。もう少し意識を広げ、今度は石壁がどこにあるかを皮膚で探る。 尾が動く時に掻いた空気の重さまで、感覚が捉える。 ここまでは、五感の範囲でできる。 この状態になれれば、背後から斬りかかられても、踏み足が擦れる音と、纏った服が捩れ張られる音、筋肉の軋む音、微かな吐息が空を切る音が、それを知らせる。 精霊は、五感では捉えられない。 どうすれば、精霊を捉えることができるようになるのだろうか。いくら神経を研ぎ澄ませてみても、感覚に触れるものは何もない。 香の火が消えた。辺りが闇で満たされる。 精霊を感知する糸口も掴めないまま坐を組んでいるうちに、次第に集中が途切れてきた。 気分を紛らわそうにも、目を開いているのか閉じているのかもわからない。鋭敏になった感覚が、新しい環境に入ることで溜まっていた疲労を明確に把握してしまった。 耐え切れずに坐を崩した。その場に大の字に寝転ぶ。 解放しすぎた五感が、すっかり鈍くなっていた。石の床に触れている部分も、暗闇の圧迫感も、区別がつかなくなってきていた。 石床が体温と同じになったところで、どちらが上かもわからなくなった。 溢れだした疲労で鉛のようになった手足を振り回しても、感覚がほとんどない。 香のせいで、眠ることもできない。脳が破裂しそうになっている。 石室が、突然切り裂かれた。 細く切り込んできた激しい何かが、レムの頭にも刃を食い込ませる。喉を叩き潰したような悲鳴が出て、斬られた部分を押さえて転がる。 刃の方へ背を向けても、まだ鋭い痛みが頭を苛んでいる。 「何をしているのですか」 ゼリエの声がして、ようやく自分の置かれた状況を思い出せるようになってきた。 散らばった記憶の断片をまとめる作業は、ぶちまけられた自分の脳をかき集める作業に似ていると思った。 ぐっと閉じた目を、恐る恐る開く。細く開いた目蓋から差し込んでくる灯の明りが、剣のようだった。 「どうやら、坐を組み続けることはできなかったようですね」 少しずつ目を慣らしていく。斬られたと思った部分には、傷も出血もなかった。 一睡もできなかったせいで、全身に疲労が重苦しくのしかかっている。頭も体も別物のように重い。 まるで力の入らない腕をどうにか突っ張り、体を起こした。 戦士の頃にも夜戦はあった。二晩眠らない修練も、一度だけしたことがある。それに比べて今日のものは、あまりに疲労が激しすぎる。 「早く起きなさい。朝の修練が始まりますよ」 ゼリエは、手燭を持ったまま、レムが立ち上がるのを待っている。 何が得られたのか、などは一言も尋ねない。 「ゼリエ」 「何ですか」 「何も言わないのか」 呆れたような視線が、レムを冷やかに射抜いた。 「まずは一夜を坐で過ごせるようになりなさい」 つまり、初歩以下ということだった。この疲労感は何なのかを問いたかったが、自分の未熟を言い訳するように思えて、呑みこんでしまった。 立ち上がって足を動かすと、筋肉から冷たい汗が体力ごと滲み出ていくようだった。 外に出ると、地平線が白みつつある時間帯だった。不寝番が早起きしてきた朝番に交代している頃だろう。 高山地帯の冷涼な空気が、体温を削り取っていく。 ゼリエの後について、奥の扉を通って尖塔の螺旋階段を上る。 「今日の日程は通常どおりです。夕刻からの修練も行いますので、気を弛めぬように」 声を背で受けながら、尖塔頂上の部屋に倒れ込んだ。 食事は、いつも決まった時間に運ばれてくる。 このまま寝台に倒れてしまいたい気分だったが、そうなれば今日の修練に間に合うか、わからない。 腕に爪を立てたり、唇を噛みついたりしながら、どうにか気を持たせる。 その日の修練は、散々だった。 議場の満座に、白々しい空気が広がっていた。 議長からして、議事に熱が入っていない。皆が、当面の問題を先送りにして、事態が勝手に収束するのを待つつもりであった。 くじ引きで今日の議長に決まった議員が、咳払いの後、声を張る。 「本日の議題は、謹慎期間中に宿舎から姿を消したレムについてだが」 公的な催事に出ず、私的な交流も断ち、ひたすら部屋に篭って行いを反省する。それが謹慎である。 部屋を出るだけでも咎められるに十分だ。 「謹慎期間中に出歩いた例は、過去にあったか」 「ほれ、ヴァウリがそうだったろう」 「お、そうだな」 「どうだったんだ、その時は」 「戦士格剥奪の上、禁固刑になったな。外に出てきてから、ふいとどこかへいなくなったぞ」 「流れ者になったか。どこぞで野垂れ死んだろうな」 普段通り、めいめい勝手に話を始めている。なにはともあれ、周りと雑談することで、ある程度話をまとめるのである。 「ならばレムも、とっ捕まえて部屋に鍵が妥当か?」 「レムは今どこにいるんじゃ」 あまり大きくない声だったが、その声の孕む意味は喧騒を静まりかえらせるのに十分な重さを持っていた。 誰もが、続きを口にするのにためらいを感じている。 断崖城は、それほど広い所ではない。氏族の中では各々が、大きな家族集団ほどに親しい関係にあるのだから、他者の居場所など、さほど時をかけずわかる。 ここに集まっている長老議員たちなら、妻や娘から聞いているだろう。 「糾弾するのはレムか、祭司団か」 眉間に皺の後を刻みつけたマダラの老人が、歯の隙間から押し出すように言った。 マダラではあるが体格はしっかりしており、その実力も長老議会の議席が証明している。 短く刈り込んだ髪に乗った耳は、狼に珍しく、伏せるかのようだった。しかし、その印象は垂れ耳の犬によく見る柔和さではなく、低く構えた剣客のそれである。 マダラの上に、短い髭を生やしているために年齢がわかりづらいが、最年長の一人だった。 「レムはどうなのだろうな。自分から祭司に働きかけたのであれば、追加処罰もやむを得んが」 彼の辛辣な舌鋒を知っている議長が、素早く口を挟んだ。議論の流れを作りつつ、彼の刺々しい言動が空気を悪くしないようにとの気配りである。 それと察した議員たちも、再び討論を始めた。 「日頃から祭司になりたくないと言っておったぞ。連れて行かれたのではあるまいか」 「だが精霊がどうとかとも、なあ。餌に釣られた可能性もなくはなかろう」 「有り得るな。レムもまだ子供だ」 ふと、議席の片隅に視線が向く。腕を組んだ鎧姿の黒狼が、いつもの通り無言のままじっと座っている。 表情から何を考えているか、相変わらず窺い知れない。 「あやつの子だ。謹慎を破ろうなど、余程の理由がなければ考えるまい」 「だが破ったのは事実だな」 「丸め込まれたか」 「レムはともかく、手引きした者はどうするべきかの」 また、議論が中断した。 誰がレムを連れて行ったのかは、明白である。 それ故に、この問題の解決が極めて難しいことも、誰もがわかっていた。 「女どもをやたらと刺激するのは避けた方が良かろう」 「若い娘ならあれこれ刺激したいんだがのう」 「おい、妻帯者」 「真面目にやれ」 「助平め。嫌われるぞ」 「むしろ嫌われろ」 「品性を疑うわ」 「貴様の妻に告げ口してくれよう」 「貴様の娘にあることないこと吹き込んでくれよう」 「貴様の孫を菓子で釣ってくれよう」 「お、おのれら……」 「なんにせよ」 マダラの長老議員が、再び唸る。 気難しさゆえの苛立ちもあるが、一向に正面から取り組もうとしない一同を威嚇する意を含んでいる。 「我らが取り決めた謹慎を破ったのは、女どもの働きかけが発端だ。この一件、処罰を追加するのであれば、女どもを捨て置く道理はないぞ」 辺りを、じろりと見渡した。 「まあ待て、ガルマリウド」 手をあげて制したのはパルネラである。 「誰もが先を言いたがらない理由はわかっておろう。突き詰めすぎれば、わしらと祭司団が険悪になる」 「なるならぬは問題ではない。我らの規範を無視したこと、正さぬままにおけるか」 「最悪の場合、氏族を二つに割る騒ぎになるぞ。友邦にも示しがつかん」 「だから野放しにすると? 氏族の内での無法を捨て置くことの何が、友邦に示しがつくのだ」 「のうガルマリウド、女たちを敵に回して、どうやって収拾するつもりだ? いくら貴様でも、同じ氏族のろくに戦えぬ者相手に剣を抜くなどとは言うまい」 「そうやって耳目を塞いで知らぬ顔をするから、女どもがつけあがるのだ。今までとて、剣を抜いてでも、行いを正すべきであったのではないか。 それが為されなかった結果がこれよ。それとも、嫁に金玉を握られている身では武器も取れぬか」 「何と言った」 「まあまあ二人とも。座れパルネラ」 椅子から立ち上がったパルネラの鼻先を、ディエルが抑える。二人の席の間に他の議員が多いこともあって、にらみ合って終わった。 パルネラが穏健派の代表格なら、ガルマリウドは武闘派の首領格である。事あるごとに、こういう光景がよく見られた。 この二人がよく罵り合いになるのは、思考の違いと言うよりも二人とも偏屈だからという理由の方が大きい。 余計な気を回すのがうまいと評判のディエルは、それをよく分かっている。 「二人の言い分もよくわかる。だが、決定には現実を見て下すことが大切だ。謹慎こそ議会決定だが、元々はレムの私事から始まった件だしな。 ここまでも家長裁量でうまくまとまっていたのだ、ここはひとつ今回も家長裁量に任せるというところでどうだな」 集会場の議員の何人かが、溜息をつきながら頭を振った。処罰決定をよりにもよって当事者の家族に振るなどと、なんとも酷な話ではないか。 気が効く割に、もうひとつ痒い所に手が届かないのがディエルである。 同情を含んだ視線が、集会場の端に集まった。 黒狼が、音もなく立ち上がった。 「そもそも謹慎になったのは、その振舞いがコーネリアスの戦士として不適当であったとされたためだ。だから、戦士としての行動を制限し、身を慎むことが求められた。 娘が祭司団でどのような扱いを受けているかは知らないが、姿を見ないことから察するに、戦士としての公務・私事双方を断った状態には、変わりがない」 祭司として活動しているが、戦士としての謹慎と同様だから、現状は問題はないという論法である。 パルネラは腑に落ちない顔だが、何も言わなかった。 「謹慎期間中は現状に任せる。謹慎が終わり次第連れ戻し、戦士格に復する」 反対意見を述べる者はいない。謹慎破りの事実関係はレムに確認する必要があるものの、祭司に連れ出された事実がある以上、 そちらを放置してレムを罰するのは片手落ちである。あまり強硬な対処を主張しても、火中の栗を拾う羽目になりかねない。 発言なしと見て、議長が口を開く。 「特に異存がないようであれば、それで決定としよう。謹慎期間の残りは四十一日。連れ戻す役は……」 「それではパルネラの弱腰と大差ないではないか」 「お前の血の気が多すぎるのだろうが、マダラ野郎め」 声を張り上げたガルマリウドに、パルネラが猛然と抗議する。 「強く出りゃ綺麗に片付くってわけでもねえじゃねえか。氏族を二つに割るわけにはいかねえんだよ」 「四、五人斬り捨てりゃ終わるような楽な話じゃないだろ、落ち着けガル爺」 パルネラに同調するような野次も飛ぶ。顔の皺をますます深めたガルマリウドが、吼えるように叫んだ。 「娘が嫁の後を追うぞ、ジグムント」 瞬間、今度こそ死の静寂に似た静けさが集会場を包んだ。 発言したガルマリウド自身、はっとした表情で勢いを失った。何者かへの恨みのこもった表情で、歯を噛みしめる。 「何を言いやがる。もう座っとけ」 立ったまま死んだ戦士が倒れるように、眼前の虚空を睨みつけたまま、ガルマリウドは席に座った。 「……ああっと。謹慎期間終了後にレムを連れ戻すのは」 間に耐え切れないとばかりに、議長が言葉を押し出す。 周囲の視線が、集会場の片隅に集まる。 「私が行く」 黒狼は、短く答えた。 鞭の数は、日増しに多くなっていた。 指導役たちが明らかにレムを目の敵にしているのは、なんとなく察せられた。 人より多い修練に毎日疲れ果て、体が次第に鈍っていき、鞭の一打ちが芯に響くようになりつつある。 じっと指導役からの圧力に耐えている周囲の祭司たちに、自分の挙動がだんだん似てきているのを感じていた。 同じ境遇の、年若い祭司たちは、指導役の目を盗んで宿舎のあたりで少々は言葉を交わしているようだが、尖塔に隔離されたレムはその余裕すらなかった。 「聞いていますか」 「はい」 おぼろげになった意識で鞭を受け続けているうちに、反射的に返事をして、姿勢を正す習慣がついてしまった。 レムに教育の成果が実ったのを見た瞬間、指導役が満足げに口の端を歪めたのが見えたが、反抗心を外に出す気力は振るえなかった。 「姿勢の崩れは、気の緩みがもたらすものです。私たちは特に、氏族の安寧を保つという重役を担っています。常に襟を正しなさい」 言われて、襟元を引きしめた。他の祭司に混じっての修練であれば、首筋に鞭を受けているところだ。 レムは、例の地下で数本の灯に照らされながら、ゼリエと向かい合って座っていた。 二日に一度、修練の代わりに講義が行われる。職集団に上がる前の家族内で行われるものや、職集団でも引退した者が請け負う語り聞かせなどがあり、 語り聞かせには歴史や文化、他氏族他種族の話などの普遍的なものの他に、その職集団専門の講義がある。 戦士団での講義では、祭司団の講義を代替し切ることはできないのである。 相変わらず重さを感じさせる地の底の闇は、明かりと慣れた人間という支柱を得るだけで、かなり空気が変わっている。 ゼリエが鞭を持って現れることは、ない。 それどころか、ゼリエが修練場に姿を現すと、指導役たちさえ緊張感を漂わせ、ゼリエの一瞥を受けていた。 彼女だけ、雰囲気も一線を画していた。 「他種族で魔法と呼ばれる技術は、この地においては大きく力を減じます。これはなぜですか」 短いながらも、考える時間が与えられる。精神的にも肉体的にも疲労の溜まった状態で知恵を絞るのは、一苦労だ。 「精霊がいるから……?」 「精霊が、魔法を減じるにおいて、どのような干渉をするのですか」 答えられず黙っていると、口調を変えずゼリエが言葉を続ける。 「魔法使用の際の魔素への干渉は、精霊への干渉と同じことです。意志持つ魔素たる精霊が、不心得者の手出しを嫌うのは当然のこと。 それが氏族を傷つけるためのものであれば、なおのことです」 「それなら、氏族が成立する前は」 「二千年前の国境線策定前からも、自然精霊信仰は存在しました。氏族と精霊の関係は、その延長に過ぎません。 そして、内なる魔素を呼び起こすことに不向きである私たちにとって、外なる精霊の力を借りて神秘を起こすことはとても相性がよいのです」 「へえ」 「精霊とは、土地と、空と、祖先を知り、またそれらとのつながりを体現しています。ですが、精霊を祭り加護を得ることは、私たちが拠って立つべき礎を 得るためだけではありません。コーネリアス氏族とその友邦の持つ実りを狙う、他の氏族たちも、そうした加護を得て、私たちに立ち向かってきます。 さらには、力を増し続ける猫や狡猾な狐、私たちが抑えねばならない忌むべき兄弟たる犬に抗するためにも、精霊を祭り加護を得ることは大切なのです」 己の内側から働きかけて強大な魔法を行使するより、超常能力を持つ何者かの力を活用することが向いているということか。 思い起こせば、先輩の戦士たちから犬国の魔剣の話も聞いたことがある。あれも、他の力を借りる点で、精霊と同様に扱えるのかもしれない。 となると、戦士として、気になることがあった。 「じゃあ、国境から出たら、魔法相手には対策がない、ってことか」 呟くともなく質問を発したレムを、ゼリエは呆れた様子で見下ろす。 「そうであるならば、狼が他国でも傭兵として重宝されることはないでしょうね――その前に、あなたは祭司になるのですから、あなたが気にすることではありません」 釘を刺すような言葉を、なんともなしに聞き流した。 「なあ、ゼリエ」 向けられる視線は、相変わらず冷たい。言葉遣いが男社会のままなのが原因だとわかっていたが、丁寧な口調に直ったところで ゼリエの視線が温かい物になるかどうかは、正直なところほぼないだろうと見当がついていた。 「精霊が祭儀を喜んでるかどうかってのは、どうやってわかるんだ」 「どういう意味ですか」 「もしかしたら、それ以外のやり方でも十分なのかもしれないじゃないか」 タワウレの祭儀は、ここほど修練を積んでいるという印象はなかった。 精霊の違いはあるかもしれないが、それほど厳格である必要はないのではないだろうか。 「二千年をかけて、先達たちが積み重ねた技法です。それが無為だったと?」 それ以上の追及は、できない。どちらに転んでもいい結果にはならない、口に出すべきでない意見である。 ゼリエの表情に、微かな怒気が浮かんでいる。 「ひとえに氏族のため、精霊のためを考えて手を加えられてきた祭儀の作法です。すべての祭司が修練し、身につけるもの。 疑念があるのならば、すべてを習得してからになさい」 怒りはすぐに、潮が引くように消えていった。 目の前には、元通りのゼリエの冷やかな貌があるばかりになった。 「私たちは、精霊と語らう役を一手に引き受けています。すなわち私たちの働き如何が氏族の動向を左右する、重責を負っているのです。 そのことを弁えて、十分に修練に励みなさい。今なすべき事柄を、見誤ることのないように」 続けますよ、と告げて、ゼリエは精霊と氏族の結びつきが断たれた場合についての講義に入る。 ゼリエが言っていることは、指導役たちと同じである。 が、ゼリエは鞭を持たない。 現役を引退して後進の指導にあたるくらいの年齢になると、わざわざ職集団の食堂で食事をする必要はなく、 若い家族たちに囲まれながら、割り当てられた住居で生活する者が多い。 そうした年寄りたちが集団の場に現れるのは、知人に会うためか、引退者の義務として若者の指導に当たる時か、ぐらいのものである。 その日は、既に議会最年長であるにも関わらず、食堂の片隅に座る歳老いたマダラの姿があった。対面に座しているのは、群青色の鎧の黒狼。 普段にも増して、その一角に近づく者はいない。無言の脅威であるジグムントと、言葉が的確に急所を突くガルマリウドの組み合わせは、もはや現実的な脅威である。 「謹慎明けまで待つこともない。今すぐに詰めかけて、連れ戻して来い」 二人の間には、食器はない。 椅子に深く腰掛けたジグムントに向って、眉間の皺を深くしたガルマリウドが、身を乗り出すように唸っている。 「おれとて、レムは惜しい。気に食わんが、さすが貴様の子だ。おれの塵芥のような息子どもとは、出来が違う。 あんなところにレムを長く置いておけば、腑抜けにされるかもしれんのだぞ」 聞き耳を立てていた周りの狼たちが、微かにざわめいた。ガルマリウドから褒める意味での「さすが」という単語が飛び出すとは、誰も思っていなかったのだ。 「貴様も知っておろう。祭司団の、あの犬の腐ったような従順さを。部屋に押し込められて、覇気を失い、牙を抜かれて、 命じられるがままを繰り返すだけの、狼たる矜持を忘れた無様な生きざまを」 元々良く通る低い声のガルマリウドに正面から凄まれて、たじろがない者はそうそういない。 ジグムントは、身動きもせずじっと老マダラの熱弁に目を向けている。 「女どもは何も変わっておらん。頭を使っておるのは、我らと張り合うことしか考えておらん腐れ婆どもばかりだ。 愚物に鞭で追われる犬畜生の集まりのままで、氏族の誇りが何たるかなど考えもせん。このままでは貴様はまた蚊帳の外だ。レムに何かあっても知らされんぞ」 切り札でもあるかのように言い切り、ガルマリウドはジグムントの様子を窺う。 一向に火のつかない黒狼の姿に、老マダラは音が響くほどに歯噛みした。 「あの時なぜアルバレラを斬り捨てておかなかった。あの婆あが天寿を全うしたせいで、腐った組織が十全のまま継がれてしまったではないか」 言う本人も、ただの繰り言であることは承知していた。だから、ジグムントは応えないのだろう。 そして対処を決めてあるなら、軽々しく動くべきではないと、ガルマリウドとてよく分かっている。 ジグムントが娘を可愛がっているということは、皆が知っている。だから、この状況になって一番苦しいのはジグムントなのだと、誰もが理解している。 だからこそ、謹慎が解けるまで何もしないと決めた、この剛剣以外まともな取り柄のない不器用者が、歯痒くて仕方がないのだ。 「もう良いわ、木偶の坊め」 マダラ故に小さめの体格が、椅子を蹴って立ち上がる。 頭一つは大きい狼たちが慌てて道を開ける中を、目に見えるほどの憤りを放ちながら、ガルマリウドは肩を怒らせて食堂を出ていった。 間もなく、昼食の時間帯も終わりに差し掛かる。ジグムントは、じっと座っている。 中堅戦士としてそこそこの年齢になり、それなりの戦績も上げており、結婚して子供も出来、住居をもらった。 とは言え自分が今まで暮らしてきた家族の住居を分けてもらう場合が大抵であり、ドオリルの住居も、石壁一枚隣が父母の住居である。 断崖城も、そろそろ手狭になってきている。何代も前から、遣わされた戦士が友邦の娘を気に入った場合、そこの氏族に入ってもよいとされていたが、 山林を切り開いてもうひとつ集落を作り、いくつかの職集団を移すべきではないかという話が、そろそろ本格的に検討されつつあった。 とりあえずドオリルは、折角同居できるようになった家族と離れるのは嫌だなあ、という程度にしか考えていない。 「ウルミは元気でやってるかなあ」 ふと、賄い方についた娘を思い出して、誰にともなく呟いた。 戦士や祭司ほど厳しく義務付けされているわけではないものの、他の職集団も家族を離れて集団生活を行う。 夫の独り言を耳聡く聞きつけた、恰幅のいいケダマの妻が、鷹揚に答える。 「そんなに気になんなら、見に行ったらどうだい」 「馬鹿言え、そんなんできるかい」 月に一度は行われるやりとりであった。 竹で編まれた寝椅子に、仰向けに転がっていたドオリルが、その場で寝返りを打って妻を見る。 「そんで、どうなんだレムは」 「あたしが面倒みてるわけじゃないけど、結構叩かれてるね。あんたの話聞く限り、グズじゃないんだろうけど、最近見る度に幽霊のような顔をしてるよ」 「そっかあ」 腑に落ちない顔で、ドオリルが唸る。並の戦士と比べても技量が頭一つ分抜けているレムが、そんな様子になるのが信じられないのだ。 「祭司の仕事って、そんなにきついのか?」 「当り前さあ。夜通し喉使って体動かしてね。途中で休むわけにもいかないんだよ」 妻は、衣装棚の中を改めている。普段着に破れ目やほつれ目があったら、織物工場に持っていくのである。 「ほれ、あんたも掃除ぐらいやっておくれ」 「おう。レムな、あんまりきつくやらんでやってくれよ。戦士は体が資本なんだからなあ」 「あら、あたしらだって体が資本よ。それにダメなところはきちんと直さなきゃあ」 押し付けられる掃除道具をぼんやりと受け取って、ドオリルは寝椅子から立ち上がった。 「そういや、そっちのお年寄り方はえらい騒ぎなんだって?」 「騒ぎっつうわけでもないけどなあ。議会で決めた謹慎を破らせたって、結構ピリピリしてたぞ」 「話聞いた限りじゃ、その子そんなに悪いことしたわけじゃないじゃないさ。そんな謹慎、やらなくてもいいでしょ」 「うーん」 抜け毛と砂と綿埃を掃き集めながら、唸った。 「いやなあ、議員方が気にしてるのは、どうも祭司団が議会決定無視したってとこらしいんだあ。ほれ、昔ッから頭の方は仲悪いだろ?」 「面子の問題ってことかね。馬鹿馬鹿しい話だねえ」 「いやまったく。でもまあ、ジグムントの嫁さんのこともあるしなあ。上の方が絡むとろくなことにならねえっつってよ」 「ああ、あれねえ。アルバレラさまが決めたことだから、誰も反対しなかったけどねえ。さすがにかわいそうよねえ」 「お前はどうよ。指導役やってるんだろ? トシ的に」 「トシは余計だよ」 「悪い悪い。愛してるよ母ちゃん」 「まあ白々しい」 ふん、と鼻息をふき出して見せるものの、まんざらでもなさそうである。 「でも色々あるのよ。やることやってりゃそれでいいって真面目にやってる人もいるし、若い子いじめてるのもいるしねえ。戦士に張り合ってる人も結構いるわよ。 祭司仕事に熱入れる人って、大抵旦那さんとうまくいかない人みたいなのよねえ。ゼリエさんなんか、旦那さん離縁しちゃったじゃない」 「あら。ゼリエの旦那は怪我で死んだんじゃなかったっけか」 「やあねえ、そりゃお兄さんの方よお。すぐ弟さんとこに嫁入りしたじゃない」 「んだったか」 「結局子供ができないままでねえ」 心配そうでもあり、あくまで無関係という冷たさもある、噂話そのものの口ぶりで妻は衣を改める作業に専念し始める。 ふと、ドオリルは思い立って口に出してみた。 「よう、仕事熱心だからギクシャクすんじゃなくて、ギクシャクすっから仕事に逃げるんじゃねえかね」 「ふふん、どっちでもいいわよ」 「そらそうだ」 ちりとりを探していると、通路を元気よく走る足音が聞こえてくる。 顔を上げると、出入口の分厚い幕が跳ね退けられると同時に、小さな塊が飛び込んできた。 「ただいまー!」 「おうおうおう、おかえりおかえり。元気いいなあ」 「うん! あのねあのね」 「ほらまたすぐお父さんに飛びつく。今掃除してる途中なんだから、ばたばたしないでよね」 「はーい」 「まあまあ、いいじゃねえか。そんなにしっかりやってたわけじゃねえしなあ」 「あんた、手抜いてたってことかい」 「おおっと」 飛び込んできた、まだ腰丈くらいしかない娘を抱えて左右に振りながら、ドオリルは妻から目をそらす。 「で、どうだったいエデナ。きちんとお話聞けたか?」 「ええっとねえ。ビスケットさんが山で精霊さんとねえ、うんと、お話してね、それでー」 「はっはっは、ビスケットじゃなくてビスクラレッドだな。くいしん坊め」 「えへー」 二人でにこにこしていると、妻が呆れ顔で寄ってきた。 「ほらほら、あんたたち。邪魔だからどいてな。エデナ、遊びに行くかい?」 「あ、行くー」 「行ってきな。今晩はじいちゃんが数のかぞえ方教えてくれるからね、間に合うように帰ってくるんだよ」 「はーい」 飲み水と軽食の入ったポシェットを渡すと、娘は入ってきた時と同じように、後も見ずに元気よく走り出ていく。 揺れの残る幕を眺めながら、ドオリルはぼそりと呟く。 「祭司のえらいさん方も、自分らに子供ができりゃあ仲良くやるようにしてくれっかねえ」 「どうだかね。子供がいても張り合う人は張り合うよ」 同じように、ドオリルの方を見るわけでもなく妻が答えた。 「どうだい。お前も、男ばっかりいい立場にいて、お前たちは俺の陰に隠れちまってるって思うかい」 「そんなこた知らないよ。あんたが外で喧嘩してくるから、あたしらがきっちり支えてやるんだろ。陰とか日向とか、そういうのってのは気にする方が変なのさ」 「そう言ってくれっと気が楽だあ、なあ。母ちゃん愛してるよ」 「何言ってんだい」 妻は口を尖らせた。ケダマなので、顔色までは判別ができない。 ドオリルは、相変わらずにこにこしている。 数日置きに行われる、地下での夜通しの精神統一は、どうにか坐を組み続けることができるようになったが、翌日の修練がつらいことには変わりがなかった。 既に七度打たれた。戦士の鍛練から久しく離れているせいで、鞭の痛みが体の芯に届くようになってしまっている。 「お待ち」 指導役から声がかかり、円陣がぎくりと動きを止めた。 鞭を手につかつかと歩み寄ってくる。レムの反対側にいた、まだ祭司仕事に慣れていなさそうな娘だった。 「まだ覚えていないのね。何度言えばわかるのかしら」 「効果が上がっていませんね」 すっかり縮こまっている娘に向けて、鞭を振るべく手に取り直した指導役の後ろから、冷ややかな声がかかった。 今度は指導役たちにも、緊張が走った。 森の木々のように立ちつくした指導役たちの中を、ゼリエは変わらない歩調で指導役に歩み寄り、手のひらを差し出した。 逡巡した後、ゼリエの表情が変わらないのを見て、指導役が恐る恐るその手に鞭を渡す。 「あなたたちはもう下がりなさい。あとは私が見ます」 目をまっすぐに見つめたまま、ゼリエは冷徹に宣告した。 不意の事態に立ち竦んだままの祭司たちに向き直る。鞭は、帯に挟んでいた。 若い祭司たちが緊張感を向ける相手を見出した時、所在無げにしている指導役たちの一人が声を上げた。 「祭司長、お言葉ですが鞭を以て修練をするのは、先々代祭司長よりの伝統で、それを使わないとなると若い祭司たちを甘やかすことになるのでは……」 ゼリエは、振り向いて一瞥しただけだった。 「今、叱責を受けていたのは誰ですか」 ゼリエの視線が焦点を定めず、祭司たちを一巡りする。 「あ、あの……」 「何ですか」 「あ、わ、私、です……」 「そうですか。では初めから、ひとさし舞ってみなさい。周りの者は下がっているように」 おそるおそる出てきた娘ににこりともせず、ゼリエは他の祭司に場所をあけさせる。 そのせいで、全員の注目を浴びる状態になった。ゼリエの肩越しに、彼女に指導役たちの視線が集まって来ている。 可哀想な娘は、緊張で見るに堪えない動作になりながらも、なんとか動きをこなしていく。 「肩に力が入っています。もう一度」 ゼリエの澄んだ声が、その流れを断ち割った。 舞を止め、周囲が悪い評価をしていないか窺うように目を走らせ、娘は再び最初の位置に戻った。 空気の圧迫感に汗すら流しながら、大きく息を吐き出し、脱力の形に力を込めながら再び舞い始める。 「腕が下がり過ぎています。もう一度」 腕を上げながら、肩を落として、三度舞う。 「腰が浮いています。最初から」 上半身に意識が集中しすぎて、上に重心が行ってしまっているのがレムにもわかった。 娘は、すっかり目が泳いでしまっている。隅に追いやられた指導役の視線が、突き刺さるようである。 「腰が落ち過ぎましたね。そのせいで背筋も曲がり、肩に力が入り過ぎています。重心は腰に落として、上体は柔らかく。やり直しなさい」 ゼリエは淡々としていた。 「今の歩法、反転するところから」 数を重ねるにつれて、むしろ動きが悪くなってきたような雰囲気すらあるにも関わらず、その表情は動かない。 ゼリエの心情がうかがい知れないせいで、娘の気力がすり減っているのが見えるようだった。 やっと、舞の動作が一区切りつくところまで、止められずに終わった。 ゼリエの視線はあくまで冷やかなままである。 もしかしたら及第点だったのかもしれない、と娘が期待をかけたような表情を浮かべようとした直後に、ゼリエは口を開いた。 「何のためを考えて舞いましたか」 その考えは甘いのだということを、レムは今までの十数日の修練で理解していた。 ゼリエは、満足することはない。 「常に精霊への敬慕と感謝を念じながら舞いなさい。そうでなければ、それはただの見世物でしかありません」 唖然として言葉を失う祭司に向けて、鋭く突き刺すようだった。 「日が暮れます。あなたばかりに時間を割くつもりはありません。下がりなさい」 後は、その娘はもはや風景の一部だと言わんばかりに、目も向けようとしなくなった。 そう言えば先ほどから、指導役たちを顧みもしない。 「次」 娘の隣に並んでいた、修練生の中では年長の部類にはいる祭司に、ゼリエの目が向いた。 祭司たちにとっては、鞭の方がましだったかもしれない。 すっかり冷え切った体を引きずるように螺旋階段を上り、尖塔の頂きにある自室に入る。 壁に開けられた窓から、地平線が白み始める明け方の空を見ながら、薄い寝台に倒れ込んだ。 地下で夜を徹する修練も慣れたと思っていたが、今日は香が違っていた。 一息吸うごとに、体温と共に体力を奪っていく、澄んだ痛みのような匂いのする香だった。 白磁の器に注がれた水から、目の下に隈を作った自分のやつれ顔が茫洋とした表情で見下ろしてくる。 顔を洗っても、気分が晴れるわけでもないが、やらないよりはましだった。 洗顔を済ませて口をすすぎ、長衣を替える頃には、朝食が運ばれてくる音が聞こえてきた。 足音が階段を下りて行ったのを確認してから、扉を開くと、脇の小さな棚に食事が載っている。 献立は、蒸した芋と、山椒で香りを調えた生肉の切り身、血の腸詰だった。 好みからすれば喜んで手をつけるものだが、疲れた胃には、体力がつくはずの献立がただひたすら重い。 味も風味もよくわからない。粘土の塊を噛んで飲み込むような感じで、どうにか喉の奥に呑み下していく。 今日の修練を終えた後は、眠らせてもらえる。そして、明晩は奉納祭であった。 その季節が平穏であった感謝を示すため、夜を徹して、修練してきた謡と舞を捧げ続ける。 うまくやれる自信はなかった。 指導役たちも、祭司になってからまだ十数日程度のひよっこを祭儀に参加させることを渋っていた。 誰の後押しかは、考えなくともわかることだった。でも、ゼリエから与えられる修練は、祭儀があるからと突然厳しくなったりはしない。 そんなことで、祭儀をこなすのに十分な技量が身に付くのか、心配であった。 とは言っても、厳しくもなっていない今の修練でも、完全にものにしたとは言い難い。修練のレベルを上げたところで、ついて行けるのかどうか。 思考に霞がかかったのに気がついて、はっと頭を上げた。案の定、眠りかかっていた。 自分一人だけ、他の祭司より修練期間が短いのだ。足を引っ張るわけにはいかない。 その場をしのぎ切ることだけしか考えられなくなった状態では、満足な動きができるはずもなく、失点を恐れるがあまり、さらに鞭を受ける悪循環に陥りつつあった。 長衣から露出した手先や首筋を打たれることも少なくはない。その部分は、二日ほど赤く残る。 これで祭儀などできるのかと聞えよがしに罵られても、反発する気力も残っていない。 周りの祭司たちの目は、叱られるのが自分でなくてよかったという、傍観者のそれである。 痛む手をさする気も起きず、ゼリエに連れられて地下に場所を移した。 燭台に火を入れて、先に座っていたレムを見るなり、ゼリエは冷やかに言う。 「背筋をまっすぐになさい」 しているつもりだった。 背骨を意識しながら、改めて姿勢を正してみる。 ゼリエは、呆れたような目を向けてきた。 「やはり、進歩がありませんね」 「私は、祭儀をきちんとできるのだろうか」 なんだか弱気になって、つい声に出していた。 ゼリエの表情に、いつか見た刺すような敵意が滲んだ気がした。 「そうなるように、修練を重ねさせました。求められる通りに果たしなさい。責を全うするとはそういうことです。今更改めて言われることでもないでしょう」 あまり言葉の意味がつかめない。 ただ、単純にレムに向けたものだと決めるには、色々な感情があまりに絡まり合いすぎていたことが、おぼろげにわかった。 ぼんやりとゼリエを見ていると、ほんの僅かに、眉間にしわが寄った。どういうわけか、普段ゼリエが見せることのないそのしわを、見慣れているような気がした。 「仕方ありませんね。では、今までのおさらいをしましょう。立ちなさい」 すっとゼリエが体の軸を真っ直ぐにしたまま立ち上がる。 立ち上がるだけでも、体から血のように体力がしみ出していくように感じる。ゼリエに比べて明らかにのろのろとしていたレムを見下ろしながら、ゼリエは待っていた。 「『地の芽吹き』を最初から最後まで。祭儀でやるように、舞いなさい」 「はい」 もはや無意識に返事をして、胸の前で両手のひらを向かい合わせる。 少し座っていただけで、疲れていた体が休息の姿勢に入っていた。無理やり引き起こし、柔らかな袖が風をたっぷり受けるように腕を回す。 もう、軸がずれたのを感じた。 止めの合図はかからない。 夜が更け、真円を描く銀月が高く上がる頃、レムは列をなして進む祭司の一団の最後尾について進んでいた。 午後の修練は、ゼリエの付ききりで精神を練っていた。坐を組み息を整え、ひたすら内に力を溜める修練は、謡や舞よりは、体が休まる。 十分な休息とは言えなかったが、元から厚着でもしているかのように体中に疲れがのしかかって来ている状態である。 少しくらいの休みでも、貴重だった。 列の後方には若い祭司たちが集まっている。探せば知った顔を見つけることは出来るだろうが、列を乱すことはできない。 夜も更けてきた時間帯では、毛色もよく見えず、それで区別をつけるわけにもいかないのである。 半ばから前方にかけて、馴染みのない熟練の祭司が並んでいる。 さすがに、皆が気持ちを張り詰めている。レムのいる後方では、それに加えて動きの硬さが蔓延していた。 レムも同じだった。 定期的に行われる、重要度で言えば低い祭儀であるとはいえ、祭儀自体は氏族と精霊とのつながりに関わる。 万全とまでは行けずとも、不足なく儀を成し遂げなければならない。 できるだろうか。修練が足りているとは、とても思えない。 霊地につくと、先頭の祭司にそれぞれの位置を指示される。 普段は感じられる霊地の鋭い涼しさは、肌が疲れで鈍感になってしまっているせいで、はっきりとそれとは感じられなかった。 熟練した祭司に許される、楽器の役割も兼ねた祭具が、位置に付いていく。 配置に付き終わって、中央に立った主役の祭司が動き出すのを待つばかりになった。 調子が万全であれば、ここで主役を中心に、集中が高まっていくのを感じられるのだろう。ぼやけた意識では、皆が動き出しをじっと待っているようにしか見えなかった。 なんとなく、薄汚れた袋のように座っている老狼を探していた。 居るはずもない。 夜気を、高い歌声が優しく通る。 動き出した祭司団に、レムはほんの一拍遅れた。 慌てて間に合わせようとするが、そういう時に限って次の動作が浮かんでこない。遅れた一拍をそのままに、周りの動作を見て真似するのが精一杯である。 不完全な動きで、自信を持って舞うことができないまま、嫌な汗をかいた。 ふと、自分の前にいる祭司に目が行った。 背格好はレムより少し小さいくらいだろうか。子供かと思うほどに、ほっそりとした体つきをしている。 レムの近くの位置なら、若い祭司だろう。顔を見ようにもレムに背を向けているため誰かわからないが、内から輝きを放っているかのような黄金の髪が目を引いた。 舞う最中に、ほんの僅かにレムを顧みる素振りを見せると、動作を大きくして舞い始めた。 導かれている。そんな気がした。 事実、柔らかな金色の舞う姿を見ているうちに、自然と体が覚えてきた動作を思い出してきていた。 先程までと打って変わって、考える前に体が動く。差し伸べる手の意味、緩やかな歩法の表すもの、そのすべてが体を通して霊地の気を澄み渡らせていく。 意識が風に溶け、断崖城のある鉄鉱山すべてを取り巻く雄大な何かと一体になるような感覚があった。 ちらりと、金色の祭司を見る。 相変わらず顔を窺うことはできないが、背を向けていてもレムが十分に祭儀を果たせるかどうか、気づかっているのが感じられた。 中央の祭司の歌声と、それを取り巻く楽器の調べが、頭の中に流れ込んでくる。自分が溶けていく。一糸纏わぬ姿よりも、裸だった。 疲れを忘れて、音と風と地の息吹が導くままに、腕を振るい、歩を進める。 金色の毛並みが、見守るように静かに舞っている。 祭儀が、つつがなく終わっていく。 まず中央で舞っていた祭司が祭具に囲まれながら、ゆっくりと退場する。 その姿が霊地から消えてから、役の重い者たちから順に、同じように立ち去っていくのである。 やっと最下位であるレムたちの番になって、動作を続けながら霊地を後にする。霊地から離れてようやく普通の歩みに戻り、あとは来た時と同じように静かに戻っていく。 行列を乱すのは禁じられていたが、レムは辺りを見回した。 先程の金色の祭司が気にかかっていた。とりあえず姿を確認して、そのうち声をかけよう、と思ったのだが、どこに紛れてしまったのか、見つけることは出来なかった。 周りがレムの様子を気にし始めたのを感じて、仕方なく諦めた。 顔を見ることができなかったし、そろそろ夜が明けるとは言え、まだ空は濃紺が降りていて、毛色の判別は付かないのだ。 いずれ話をする機会もあるだろう、と自分を納得させて、列に戻る。 体に溜まっていた、かさぶたのような重苦しい疲労は、祭儀を全うしたことへの心地よい疲労に上書きされ、少し軽くなっている。 この疲労の質なら、十分に休めばさっぱりとした気持ちで目覚めることができるだろう。 尖塔に戻った頃には、すでに朝日が山並みの上に端をのぞかせていた。 篝や香炉はそのままにしてきたが、準備や後片付けを行う者と、夜を徹して舞う者は、持ち回りになっている。舞わなかった祭司たちが、片づけているところだろう。 もし次があれば、レムは今度は準備役になるという。 部屋に入るなり汗ばんだ衣を脱ぎ棄て、肌着のまま寝台に倒れ込む。 夜を徹した者は、その日の修練は休みになるのだった。 久々にしっかり眠れる。 目を閉じてすぐに、意識が沈んだ。 昼の日が傾き始めた頃に目が覚めた。 尖塔に居を構えてから、これくらいの時間に起きたのは初めてだった。今まで早朝に起きて決まった通りに動く生活を続けてきていたため、どうしていいかわからない。 とりあえず扉を開くと、いつもの位置に、冷めてもいいような献立の食事と水差しが用意されていた。 蒸し上げた麦芽パンと、数種類の野菜のピクルス、燻製肉の塊。かじりつくと、素材の汁気が口に広がって、触れた部分が活力を取り戻すようだった。 身支度を済ませ、食器を元の通りに戻して、もう一度寝台に横になった。 祭司の疲れは、戦士の時にあったような、休んで回復することで今までより強靭になる、活力のある疲れではない。 長い時間気持ちを張り詰めていた疲れと、休むべき時に休まなかった、鉄の武器の寿命を短くさせるような疲れである。 お陰で今まで鍛練も何もできず、ここ二十日ばかりですっかりひ弱になった気がする。戦士として復帰した後、元のように動けるまで時間がかかるだろう。 祭儀は、うまく行ったと言えるだろうか。 あの金色の祭司に導かれて、なんとか体裁は繕えたと思う。修練したことは、ほとんど出せなかった。 ゼリエが見ていたとしたら、何と言われるだろう。横目を使っていることなど、彼女ならすぐに見抜くはずだ。 目を閉じる。 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。扉の向こうの食器を下げる気配で目が覚めた。 顔を合わせることはないため、当番制なのか、毎回同じ者が来ているのかさえ知らない。 あまり気にせず、目を開けるのをやめた。体を動かすのに、随分力がいるようになってしまっている。 なんとなく、あの金色の祭司であるといいな、と思った。 うとうとしていると、また扉の向こう側に誰かが来た気配があった。 今度は、食器を下げに来たわけではない。レムが修練に出ている間の室内清掃でもない。 相手の意識が、明確にこちらを向いている。 寝台から跳ね起きた。この凍るほどの水で冷やした刃のような雰囲気は、ゼリエのもので間違いない。 居住まいを正したのを待っていたかのように、扉が叩かれた。 「起きていますか」 「はい」 返事を聞き届けてから、扉の鍵が開く音がする。 やはりゼリエが、冷やかな顔のまま静かに部屋に入ってきた。 レムを見るなり、顔をわずかに歪めたような雰囲気が見えた。 「気を抜いていましたね」 視線が寝台に向いている。今しがた寝ていた皺が残っていた。 「高位の者が訪れたのに、腰を下ろしたままというのも無作法です。それに、部屋も少し汗が匂います。どこであろうと、身を整えなさい」 言いながら、卓の傍に二つ並んだ椅子をひとつ引きよせて座った。 膝の上に両手を行儀よく揃え、じっとレムを見ている。 すぐに用件を切り出すゼリエにしては、珍しいことだった。なんだか居心地が悪い。 「ゼリエ、何か用なのか」 声をかけられて、ようやくレムの様子を窺うのを諦めたように、溜息をついた。 「昨夜の祭儀の件です」 来た。 身が固まるのが自分でもわかった。 何か役を果たしたなら、こうした反省は当然のこととは言え、どうしても緊張は免れない。 汗が噴き出る感覚をこらえながら言葉を待っていると、しばらく無言だったゼリエがようやく言葉を継いだ。 「戦士団などに行かず、初めから祭司として修練を積んでいれば、もっと上の段階まで進めていたでしょうに」 叱責がなかった。万全だと思った動作でさえ、何らかの欠点を指摘してくるゼリエである。今日に限って珍しいことばかりで、レムは少々面食らっていた。 しかし修練が実って、文句のつけようのない舞を演じた割には、ゼリエは不満そうだった。 実は横目を使っていたことがばれていて、無言の叱責をしているのだろうか。 だが、目の前の祭司長は、その冷やかな面貌の裏に、レムのが十分に役を果たしたことが理解しがたいといった表情を滲ませているばかりである。 そして、あの色々な物が混ざった敵意に似た感覚が、また顔を撫でる。 「今後はもう一段階進んだ修練を行います。心づもりをしておきなさい」 これ以上は特に言うことはないとばかりに立ち上がろうとしたので、逆にレムが慌てた。 「ゼリエ」 「何ですか」 「何か、ないのか」 「何かとは?」 「その、ここが足りないとか、目についたとか」 「最初からずっと見ていたわけではないのです。少なくとも、私が見ている間では、取り立てて直さねばならない箇所は見当たりませんでした」 どうやら、最初のうちの足元がおぼつかない姿は見られていなかったらしい。 少し気が楽になった反面、疑問は残る。ゼリエともあろう者が、レムが他者を見ながら舞っていたことに気付かないはずがない。 疑念が、好奇心に混ざって口から飛び出た。 「ゼリエ、私の前にいた祭司は誰か知らないか」 声に出してから、まずいことを言ったような気がした。ゼリエが気づいていなかったのなら、藪蛇になりかねない。 だが、そろそろ帰る雰囲気を見せていたゼリエは、聞く姿勢に移ってしまっていた。 「どの祭司ですか」 なるようになれ、と思った。 「私よりちょっと背が低くて、髪が綺麗な金色で、すごくほっそりしてるんだ。私の前にいたから、多分そんなに年長じゃないと思うけど」 顔を上げて、ゼリエの視線に負けるものかと、食い付くように目を合わせる。 横目を使っていたことを気づかれた、次の瞬間に浴びせかけられるであろう叱責を凌ぐために、眼力でしっかりと踏ん張った。 「舞も謡も、私なんか目じゃないくらい完璧だった。誰なのか、教えてくれないか」 あれほどの美しい舞を執りながら、レムにも真似させる余裕のあるほどの優れた祭司なら、ゼリエが知らないはずがない。 彼女は、なぜレムと同じ階級の舞をしていたのか、疑問なくらいであった。 しばらく考えていたらしいゼリエの目に、ほんの僅かに動揺の色が走った気がした。 「あなたと同じくらいの年齢なら、知りませんね」 「それ以外なら心当たりはあるのか」 さらに食いつく。 少し、間があった。 「いいえ。知りません」 彼女にしては珍しく、話を打ち切るために立ち上がったように感じた。 普通の街なら路地に当たる、坑道部分の通路廊下で、ドオリルの弟の子たちに混ざってエデナがはしゃぐ声が聞こえてくる。 子供たちは元気がいい。何もなくても、遊びを考え出して、大はしゃぎし始める。 あと何年もしないうちに、エデナをどこにやるか決めなければならない。 長女のウルミが調理場に職を持ったため、妻はエデナこそ祭司に、と気負い込んでいる。 最終的には議会にかかるとはいえ、家族の希望は進路についても重視されている。 だが、ここしばらくの祭司団での噂を聞いていると、ドオリルはどうも心配になってくるのだった。 妻は、元々そちらの環境で育ってきたから、権威ある祭司団に娘が加わることを栄誉だと思っているようだが、外で話を聞くばかりのドオリルには、そうは思えなかった。 寝椅子の背もたれを伸ばして、うつ伏せになっている妻の背を指圧しながら、ドオリルはなんとなく口を開く。 「そういやあ、レムも奉納祭やったんだって?」 「そうなのよ。ま、私は今回裏方だったんだけどねえ。だから、直接は見てないわよ」 まず手のひらを使って、筋肉をほぐすつもりで強めに撫でる。これがあるとないとでは、指で押した時の筋の硬さが違う。 筋肉が硬いままだと、指圧が逆に筋を痛める結果になることもある。 妻はくつろいだ顔で目をつぶって、満足げに鼻から長々と息を吐き出している。 「んで、どうだったんだあ」 「それがうまくいったみたいでねえ。まあそりゃいいんだけど、お局方が目つけちゃったみたいでさ」 「へ、そりゃまたなんでだや」 少し、手を跳ね返すような箇所があったので、念入りに押しほぐしておく。 「そりゃねえ。今まで戦士団で男どもにちやほやされてさ、こっちに来たと思ったら、たかだか二十日そこそこで、何年も修練してきた祭司よりしっかり祭儀果たしたのよ? 若い時に祭儀でしくじって、キツいお仕置き受けた身としちゃ、そりゃ気に入らないわよ」 「ちやほやってほどでもねえぞお。若い奴の面倒見んのは当たり前だろお。役に立たねえなら、他の奴みたいに別の仕事に就かせる準備できてたしよう」 「どうせジグムントのごり押しで戦士団に残ったでしょうよ」 「どうだかなあ。実力ねえまま残っても、どこぞでぶち殺されるのが関の山だからなあ」 背中を一通り撫で終えた後は、ようやく指でつぼを押しながら、疲れのたまった体をよく揉みほぐすのである。 ちょっと悪戯心が起きて、背の横側から、手を下へ這わせてみた。 「おお、腹あ柔らかいなあ」 「ちょっ、ちょっとおよしよ、くすぐったい」 「ちィと緩んだんじゃねえか? へっへへ」 「うるさいよッ」 払うように飛んできた平手をひょいとかわす。 「いいじゃあねえか、知らねえ仲でもねえだろ」 「馬鹿言ってんじゃないよ。まったく昼間っから」 指圧が途中で物足りない表情だったが、これ以上任せておけないと言わんばかりに、寝椅子の背もたれを持ち上げて座り直してしまった。 「レムが才能なくても、戦士団に居残れるぐらいの修練ぁ、結局やったと思うぞ。あいつ、やることァきっちりやる奴だからなあ」 「私らからしたら、戦士団はユルいのよ。しくじっても鞭で叩かれたりしないでしょ」 「俺、鞭じゃなくて金槌で殴られたけどなあ」 「そりゃあんたが防御し損ねたからでしょうが」 「へへっ、そらそうだ」 途中で話がずれているのを感じた。 今まで遊んでいたのだろうと思っていた新参が、過不足なく役目を果たしたとあれば、これまでを真面目に務めあげてきた者たちが面白かろうはずはない。 妻は、口うるさいながらも度量の広い女である。その彼女でも、戦士団から来たレムがうまく祭司の務めを果たすことに、あまりいい印象を持っていないのだ。 話のずれは、妻がやはり気にしていることの表れだろう。 気持はわからないでもないが、両者がうまくいって欲しいという気持ちも本当のところだ。 「難しいよなあ」 「そうよ。あんたみたいに、トンカチ尖らせて仕事の準備だーなんて言ってらんないんだからね」 うっかり呟いた言葉は、違った受け取り方をされた。 でも、まあ別に、これはこれで良い。 「お前、ありゃ大事なんだぞ。武器の手入れ一つで骨を砕けるか砕けないかで、随分違うんだぞ」 「あらそう。そんじゃあ、綺麗な彫り物入れた盾をうれしそうに磨いてるのも、大事なのかい」 「あっ、そりゃお前」 「どこぞの芸術家に入れてもらったとかって、見せびらかしてたそうじゃないさ。あれ私聞いてないけどねえ」 どうやら話題が逸れたようで、残念に思った反面、なんとなく安堵しているのも感じた。あの話を突き詰めても、いいことはなさそうだった。 ただ、移った話題がいけない。 「どこでいくらかかったのか、いつ説明してくれるんだい」 「そりゃ、お前。そりゃあ、なあ」 うまい言い訳は、浮かばない。 妻の言い分は言われずともわかる。戦士の務めの報酬を、セパタではなく家具なりなんなりでもらっていれば、住居の中はもう少し豪勢になっていたはずである。 それをせずに溜めこんだカネが、戦場に持っていくには不似合いな武具に化けたとあっては、納得しろというわけにもいかないだろう。 「エデナ、助けてくれえ」 「あっ! お待ち! 使いもしない盾にセパタかけて、このボンクラ!」 どうしようもないので、逃げた。 もちろん、妻は追って来ている。 祭儀に使われる謡は、大抵は普段使われている会話語だが、中にはそうでないものもある。 特別な祭儀で高位の祭司が歌うものは、節回しこそ会話語に似ているものの、単語や発音は馴染みのないもので、普通のものを謡う時に比べて疲労が早いらしい。 聞いただけでは、歌い方なのか発声方法なのか、どういう違いがあるのかわからないが、節の流れのひとつひとつに、身の内を震わせるような響きがあるように感じる。 「かつて私たちと犬がまだひとつの国を成していた時、魔法の力を高めるために開発された特別な言語と、 私たちがこの山脈に来る前に精霊を祭って暮らしていた人々が操っていた精霊の歌とを合わせた物です」 舌のもつれそうな複雑な発声を、淀みなくすらすらと一節諳んじて見せた後、ゼリエはそう言った。 犬と狼が袂を分かつ前は、北部山岳地帯には様々な種族が共存していたらしい。 当時は、今に比べて圧倒的に野盗が多く、そのほとんどが王国支配に服さない山犬たちであったという。 その名残を、今も色濃く残している氏族も多く、近隣一帯を荒らし回る精強な野盗が、出自を糺せば有力氏族だったということも時折あるらしい。 その傍ら、他種族たちと共に自然霊を崇めて生きていた、大人しい山犬もおり、彼らの伝承を吸収したのが今の諸々の氏族たちだという。 「最初からそれを教えるわけにはいかないのか?」 「精霊の歌は、精霊へ直接語りかけるもの。未熟者や才のない者がいたずらに口にしたところで、何か起こるとも思いませんが、私たちに害為す者に知られれば 精霊の存在を脅かすことになりましょう。それ故、この者はと確信を得た者にしか伝えておりません」 冷やかな目が刃の鋭さを帯びる。 「あなたも、口外はなりませんよ。みだりに歌うことも禁じます」 「はい」 レムの口調にまだ不満はあるようだったが、少なくとも返事はまともになった、と納得しているらしい。 応える度にいちいち軽い圧迫感が迫ってくることもなくなった。 「まず、聞きなさい。これは声を出せばいいというものではありません。坐と内の修練で得た感覚をすべて開き、声を手段として魂で謡いかけるのです。 言葉の意を掴み、心から語り、あなたの存在を、精霊に示しなさい」 そっと目を伏せると、静かに息を吸いこんでから、ゼリエはもう一度歌い始めた。 空気が変わる。水にインクを落としたかのように、歌声が空気を染めていき、その空間からは霊地で感じるような、肌を張り詰めされるような鋭い涼しさが感じられた。 体のゼリエに向いている面を大きな見えない手のひらで押されるような感覚で、ただ座っているのも大変な気力が必要だった。 ゼリエは、何かが憑いたような様子で、ただ歌っている。レムにあれほどの修練を課すだけあって、その集中は類を見ないものだった。 これくらいの気迫を放てる者は、戦士団でも長老議員クラスでなければ見つからないだろう。 地の底から響くような、などというものでは足りない。胸を内側から撫でられるような、直接的な歌声だった。 全身の肌が粟立つ。 息をかけられているわけでもないのに、燭台の火が暴れ狂っている。 空気中に、謡に乗せた意思の力が、波紋を描いて広がっていくのが、目に見えるようだった。 祭儀の翌日に一日休息があったあとは、今までと変わらない、朝に集団で修練し、午後からはゼリエの付ききりでの指導が繰り返される日々に戻った。 既に二日が過ぎ、レムはいつもの通りに修練場に並んでいた。 失敗に怯えていた数日前とは異なり、今では意識を舞と謡に切り替える毎に、心の端に金色の毛並みがひらりと舞う。 その姿を捉えながら体を動かせば、覚えた動作が十分に行えるようになっていた。 祭儀の後、ゼリエが修練内容の段階を上げたので、レムはてっきりこちらも次の段階に進むかと思っていたが、そんな素振りは見られない。 確かに実際のところ、舞も謡も、金色の祭司のおかげでなんとかなったのである。 もし次の段階へ進むことになったら、もうしばらく後にしてもらうつもりだったが、そういった働きかけが何もないとなると、それはそれで心配だった。 ゼリエがいない時は、指導役の態度も鞭が飛ぶのもいつも通りだったが、慣れがあると随分違う。 祭儀で真似ただけの動作だったが、一度大舞台で成功させてから落ち着いて再びやってみると、最初に言われていたことがよくわかる。 腕を上げる動作の際に、袖が風を含むように。風に満ちた精霊と、可能な限り触れるために、ということなのだろう。 動きに慣れた身体から力みが取れ、そうなると自然と腰が落ち着いてくる。 初めて武器を握って、疲れ果てるまで素振りを続けた時のことを思い出した。 無意識無造作の、物を取るような何気ない一振りが、最も鋭く敵に斬り込むのだ。それと、同じように感じた。 鞭を受けることが、ほとんどなくなった。あったとしても、祭儀でうまく行った自信が、打撃を受け止める際の気の張り方を思い出させてくれている。 筋肉に力を込め、意識を集中して受け止めるのである。そうすれば、肉体の軸に響くようなダメージを受けることはない。 そして、指導役たちの態度も、目に見えて硬化していた。 思うようにならない者への苛立ちの中に、身が腐るような嫉妬の重みを覚えた時、ふとゼリエの様々な感情が混ざった敵意を思い出した。 違う、と思った。 ゼリエのあの、シチューを煮崩して溶かしたかのような感情の波動は、レムではなく、レムの向こうにいる何かに向けられている。 それは、今指導役から浴びているような、異物に対してすぐに投げかけられた短絡的なものではない。 耐えた果ての、高密度のうねりである。おそらく敵意は、ゼリエ自身も突き刺しているだろう。 「どこを見てるのですか」 指導役の一人がレムの前に立っていた。 「修練に身が入ってないですね。祭儀でうまくやれたからって、調子に乗っているの?」 「いや、私は」 応えた瞬間、口調が戦士団の頃に戻っているのを自覚した。目の前の指導役の顔に、コマ送りのように怒りが満ちていく。 しまった、と思ったが、もう遅かった。なお悪いことに、黙って下を向いて、指導役の怒りが収まるのを待つのが定石だとわかっていながら、 腹を立てた指導役の肩が動くのが見えたせいで、続いて頬に飛んできた鞭を無意識に掴んで止めてしまっていたのだ。 他の祭司たちの唖然とした表情が痛い。 手の中の鞭伝いに、鞭をむしり取ろうという動きが伝わってきたので、手を離す。 鬼のような形相の指導役が、鞭と逆の手を振り上げた。その平手は、仕方がないので大人しく受けた。 「ど、どうやら」 指導役の声が震えている。呼吸は乱れていない。ただ、こういう場面で体が引きつけを起こしたようになってしまうのだろう。 下の祭司から、反抗されたことがないのかもしれない。 「どうやら、随分と思いあがってるようね。少しくらいうまく行ったからって、急に気が大きくなって。躾け直しが必要のようね」 躾け直しの一言に、修練場全体が浮足立った気がした。 指導役の中でも、さすがにそこまでは、と咎めるような視線を向けるものが何人かいる。 かと思えば逆に、それくらいしてやれと言わんばかりの者もいた。 当の指導役は、完全に冷静な判断を見失っているらしく、周りの空気に気づかない。 「来なさい!」 レムの肩を掴んで乱暴に引き寄せ、修練場の外へ引っ張っていく。何人かの指導役が、準備のためか、先に外へ出ていった。 まさか拷問にはならないだろうが、不安になる光景である。 そう言えば霊地の老狼も、精霊が感じられないせいで随分吊るされた、と言っていた。 関節や筋が壊れないように、体重が分散するよう縄を全身に巻き付けられているとは言え、やはり体に食い込めば気分のいいものではない。 さすがに衆目に晒すようなことはないらしく、使われていない狭い部屋に、ひっそりと吊るされることになった。 埃っぽい部屋が、高い位置にある小さな窓から差し込む光のおかげで、逆に陰鬱な空気をはっきり描き出している。 少し縄の位置をずらそうと、身を揺すった。縄が捩れ、レムの体がゆっくりと回転する。 このままでは駄目だと思った。 戦士団と比べても、不要な縛めが多すぎる。それどころか、指導役の質の低さも気になった。 祭司としての技量と言うことではない。ゼリエは別だが、並の指導役たちの祭儀の技については、レムはまだ未熟であるため特に感想は持っていない。 ただ、レムに鞭を掴み止められて、鞭を取り返そうとむきになっていた姿は、上に立つ者として相応しいとは思えない。 口と動きが違うのだ。指導役は隙を見せないから指導役足りうるのであり、技量があっても誇りのない者は敬意を受けない。 今まで浴びせかけられた否定の言葉を思い出す。修練の一環としての欠点指摘であるなら、端的に言えばいいだけの話だ。 誇りを知る者は、弱者の誇りを踏みつけにしない。 この有様で、祭司団は本当に精霊の祭儀を担っていけるのか。 懲罰自体が、すでに疑問である。鞭は必要はないと思っていたが、戦士団ではそうした打ち据える罰はなかったために、反発を覚えているだけだと自分を納得させた。 だが、今はどうか。吊り下げられる場所が霊地なら修練にもなるだろうが、こんな独房のような空き部屋では、坐を組んで精神を練るなどとは程遠い。 部屋の扉が開いた。 青みがかった灰銀色の、すらりとした冷たい女が姿を現す。 蓑虫のように吊り下げられたレムを見て、呆れたように口を開いた。 「何をしているのですか」 「いや、大したことじゃない」 何に対しての質問なのかわからなかったので、そう答えた。 吊り下げられている状態では大したことはできないし、ここに吊られることになった原因のことを聞かれているのであっても、もう大事に取る気さえ起きない。 修練とは無縁そうな姿を見て、ゼリエは目の端にかすかに、何やら哀愁のようなものを浮かべた。 誰に向けるともなく、語る声が響く。 「狼が尊ぶのは、魂の強さじゃ。とはいえ、ぱっと見てもわかりゃせん。それのとりあえずの目安は、己の務めが最良の結果を得られるよう果たすことなのよ。 被服廠も武器廠も、農耕も炊事もあるが、やはり一番務めが重いのは戦士よな。命を懸けて氏族を守る。ああ、上下関係が制度にはなっとらんのは知っておるわい。 氏族の心持ちの問題じゃ。やることやったもん同士、相手を立てていくとしたらやはり責の重い者を上に置くのが落としどころよな。 長老議会を見てみい、家族の長者とは言っておるが、みんな名うての戦士に議席譲っとるじゃろう」 少し言葉を切った。 話の道筋を考えているのだろう。 「ま、そんで戦士は男に向いた仕事じゃから、女にゃ立場がないわけじゃのう。そりゃあ、男が家で嫁を大事にしてやりゃあええが、そういう家ばかりでもなくてのう。 独り身になってしまう女も、やはりいくらかは出てくる。んでまあ、間が悪ィことに、そういうのに限って祭司だったりするんじゃな。 責の重さの第一が敵と戦う戦士だとしたら、第二はなんじゃ。氏族と精霊のために祭儀をするもんじゃろ。 自然と男所帯になった戦士団に対抗しようと、女たちは祭司に集まったわけじゃな」 短い草の海が、鋭く張り詰めた冷たい風に吹かれて、さざ波を立てていた。 「そんで、所帯を持てなかった奴は男も女も仕事一筋になるわな。男はまだええ。技を究めりゃ、敬意を払われる。議会入りもできる。じゃが、祭司はどうかのう。 わしの頃は、皆で祭儀をやっておった。祭儀なんぞという誰でも出来ることを、他の仕事の者が仕事に打ち込めるように、代わりにやっておるだけ。 いくら重役だ重責だと重宝されておっても、そう思ってしもうたら、たまらんわなあ。じゃから、ああなってしまったんじゃよ。女たちは」 ふと目を遣り、にたりと笑う。 「真っ当に務めを果たしとる者にはわからんことじゃよ。自分が、実はいらない者なんじゃないかという焦りはのう。 なんのかんのと言う奴はおるが、結局人間なぞというものは、働かずに生きちゃおられんのよ。なんちゅうかのう、ホレ。さっき言うたじゃろ。魂の強さよ。 自分が何も作り出せないと悟ってしまった奴の魂は、弱るんじゃ」 視線の先に、城塞部の尖塔がある。 「自分たちの魂の強さを守るために、他が仕事に打ち込むために祭儀を引き受けていたのを、祭司でなけりゃできんから祭儀を引き受けていると言い換えてきたんじゃ。 そんで、本当にそうなるように、面倒な技や儀式を次々と考え出してな。才覚がなくば精霊と語れん、などと触れまわる。 それだけではまだ不安だったんじゃろうのう。そうして強い存在である祭司を作りだしたのに、その上にさらに、自分たちの中で強い弱いをわけてしもうた」 ふん、と鼻から溜息を吐きだす。 「予測なんぞ、できんよ。先に手を打っておくなんぞできるわけがなかろう。リュカオンさえ、己の子の反逆も読めなんだぞ。 それに、こうなるのはある意味仕方のないところがある。いい武器も長く使えば、手入れだけではどうしようもないくらいボロになっていくじゃろうが。 氏族ちゅうのも、それと変わらんということよ。長く続けば、がたが来る。しかし必要だったから長く続いたわけでな」 座っていた盤石に、片肘をついてごろりと横になった。 「わしやお前がどうこうしたところで、そうそう変わりゃせん。これから新たに祭司となる女たちの心映えが変わることがあれば、自然と祭司団も変わろう。 そういう娘たちが現れて、祭司の地位を守ることばかりに頭の固まった……そうじゃな。ゼリエあたりが死ぬ頃になれば、あるいは、な」 風が、冷たく匂っている。 「ま、わしが何を言おうが、どうせやることは決めてあるんじゃろうと思っちゃおったが、なんじゃい久々に顔を見せたと思うたら一言も喋らんで。 その尾に兎の子を乗っけておった時は、もう少しは可愛げがあったぞ」 一瞥を受けたが、たじろぐ様子もなく、間の抜けた風情で肘をついたまま横になっている。 「さっさとレムを取り返してこい。あんまり長く置いておいたら、祭司団を何とかしようと躍起になるやもしれん。 一人がいくら飛び跳ねたところで、祭司団はどうにもならん。あんな尖塔の中で腐らせておくよりは、もっとええ場があるじゃろ」 無言で立ち去っていく背を見ながら、またひとつ溜息をつく。 「ったく、わしとは喋りたくないっちゅうことかいのう」 先程までの達観者の口ぶりとは打って変わった様子でぼやくと、寝返りを打った。 朝ごとに立ち込める濃い霧も晴れ、その日も朝日は憎いほどに輝いている。 不寝番の交代や朝食の準備をする調理方などの、朝の早い者たちは既に仕事を始めている。 それ以外の者たちがばらばらと外に出てくるのと時を同じくして、長老議員たちもぞろぞろと坑道部分最上部の集会場へ向かっていた。 それぞれに挨拶を交わし、多くの者が、集会場では席の遠い顔馴染みと肩を並べて喋りながら歩いていく。 大柄な狼の群れの中で、さらに頭一つ分抜けた黒狼も、議場に向かっていた。 一番乗りの議員が、間もなく集会場に辿り着くというところまで来て、足を止める。 くり抜きの採光窓から眩しい光が差し込んでくる岩盤の廊下で、マダラの小柄な姿が待っていた。 ゆったりとした長衣の帯に、緻密な細工の入った黄金をあしらった、細身の鞘があった。 中身は、レイピアである。力任せが多い狼の戦士には極めて珍しい武器だった。 マダラであるからこその武器選択であり、易々と防具を貫くことでコーネリアスの戦士と鋼の質を知らしめた、工廠の熟練鍛冶の手による名剣である。 その柄尻に手のひらを乗せて、ガルマリウドはじっと立っている。 何事かと足を止めて様子を窺う議員と通りがかりの野次馬の中から、ガルマリウドの目がよく目立つ黒狼の碧い眼を見つけ出した。 「ジエリオを使って馬鹿どもを煽っているのは、貴様か」 それと察した野次馬たちが、道を開ける。具足の音を響かせて、黒狼が進み出て、腕を伸ばせば届く位置で立ち止まった。 様子を見ていた人だかりがどよめいた。 「云え」 ガルマリウドが、低く唸った。 レイピアの間合いである。ジグムントはそれと知って、敢えて間合いに深く入り込んでいた。 籠手に包まれた両の手は、体の脇で静かに下がっている。 「私のところにも来たが、断った」 ガルマリウドの威嚇するかのような唸りに劣らない、低い声が応じた。 耳鳴りがするほどの緊張感が、その場を満たす。ジグムントは、腕を伸ばせばガルマリウドに手が届く場所にいるのだ。 鋼の籠手と具足は、十分な技量で振るわれれば、鈍器と変わらない。 ジグムントもガルマリウドも、相手の手の内を窺うような構えだった。読んでいるのは、言葉の真意か、抜き打ちの機か、区別はつかない。 「ふん」 ガルマリウドが、緊張を解いた。レイピアの柄から、手のひらが離れる。 「ならば奴の独断か。姑息な手を見て、ちらとでも貴様を疑うとは、おれも老いたな」 忌々しげに吐き捨てると、ガルマリウドはジグムントの横を通り過ぎて、坑道の廊下通路を下っていく。 「ジエリオは、おれが始末をつける。貴様はふらふらするなよ。平時の如く、座っていろ」 「お、おいガル爺、議会は!? ジエリオの件も扱うぞ!」 慌てて声をかけた中堅の議員に、レイピアの切先のような眼光が投げつけられる。 「ジエリオにつられた馬鹿どもを引き戻す算段なら、勝手につけていろ。ジエリオの奴め、どうせゼリエに離縁されたのを恨んで、こんなことを言いだしたのであろう。 ならば、おれがやることだ。議会決定なぞ、待っていられるか」 そのまま振り向きもせずに立ち去っていくマダラの小さな背を見ながら、議員たちは呆然としていた。 「よくかわしたな。ガル爺がああなったら、何言っても聞かねえと思ってたが」 「ま、弟子みてえなもんだしな」 「クードバムに話通さなきゃなんねえな」 そこかしこで誰かが、小さく囁き合っている。 家長権限を言うのであれば、ジエリオの家族なら、長老議員クードバムである。 「喧嘩になるか」 「なるだろうな。ガル爺がやる気だ。いきなり剣持って問い詰めに来るなんぞ、相当腹立ててるぞ。クードバムが喧嘩に混ざるかどうかは知らねえけどよ」 今日の議会は、ジエリオに煽動される若者たちの他に、ジエリオに私的制裁を加えようとしているガルマリウドをどうするか、も取り上げなければならないだろう。 ぞろぞろと動き出した野次馬たちの列が、やや足取り重く集会場に入っていく。 祭司団が謹慎中の戦士を連れ出したことが、長老議会で問題になっているという話が断崖城に広まった頃、戦士団の中でも動きがあった。 議会で上がる問題については、もちろん議席を持たない者たちも井戸端評定を行う。 もちろん、議論に熱が入ることもある。この辺りは、老いも若きも変わらない。我が意を通す気の強さは、戦士として当然に持っているべき資質でもある。 「年寄り連中は何をやってるんだ。議会決定覆されて、黙ってるつもりなのかよ」 「おい、お前のとこの爺さん、議員だろ。何か言ってなかったのか」 「いいや、特に何も聞いてねえ」 「まったく、お前は。帰ったら聞いてみてくれよ、何もしねえのかって」 「ええ、勘弁してくれよ。爺さんの話長えんだよ」 まばらな木陰の下で、年若い戦士が車座になっていた。一人は肘を突いて寝そべり、あとの二人も木に背中を預けていたり、あぐらをかいて頬杖をついていたりと、 今は特にすることもないのか、すっかり力の抜けた様子である。 「てかよお、何かしねえとまずい状況なのか? 他の氏族にさらわれたわけじゃねえし、祭司団で面倒見てるならいいんじゃねえの」 「馬鹿お前、俺たちの決めたこと無視されて何も言わねえなんぞ、男の沽券に関わるぞ」 「そうそう。ここで手を出さねえのは、弱い奴か腑抜けかのどっちかだ。俺たちが祭司より弱えなんてことは、ねえだろ。じゃあ、やることはひとつじゃねえか」 「そうかあ?」 「その通りだ」 若者たちの後ろから、太い声がかかった。 あわてて振り返る彼らの前に、体格のしっかりした戦士が立っている。 誇示するように牙を剥いた表情が、狼らしい獰猛な雰囲気を滴らせていた。 「誰だ?」 「ジエリオか。こんなとこに何の用だよ」 「いい目の付け所をしている奴らの話が聞こえたんでな、ちょっと寄らせてもらった」 だらだらとしていた三人は、雰囲気に押されて居住まいを正し始める。 ジエリオは構わず歩み寄ると、車座の空いているところにどっかりと腰を下ろした。座る位置の間隔を取る三人の顔を見渡し、たっぷりと溜めを作って話し出す。 「お前たちの言ったとおり、年寄りは女どもにビビッて文句すらつけねえ。だから、誰かが代わりに女どもに教えてやらなきゃならねえ。 議会で決めたことを力づくで曲げようったって、そうはいかねえってことをよ。そうだろ?」 「まあ、そりゃそうだけどよ」 ジエリオの出方を図りかねて、先程までそう主張していた者の返事も、歯切れが悪い 「元を正しゃ、常日頃から祭儀には他の奴が立ち入っちゃいけねえだの、祭司団の区画にゃ入っちゃいけねえだの、女どもは何か勘違いしてやがる。 だから、ここらでひとつ、その考えを直してやらなきゃならねえ。そこで、俺に考えがある」 「ああ」 生返事である。それを同意と見て取って、ジエリオはやや身を乗り出しながら拳を握った。 「女どもが勝手に連れて行ったジグムントの娘を取り返す。そうすりゃ、女どもも身の程を知るだろうし、年寄り連中も目が覚めるはずだ。 俺たちだって、戦士の分を守ったってことでよ、悪いようにゃならねえだろうよ」 若者たちは、顔を見合わせた。彼らの生まれたときから、祭司団の分掌は祭司団に任せるというのが常識である。 ジエリオだってそうであるはずだ。 「なあ、ジエリオ」 長老議員を祖父に持つという、ぼんやりした一人が手を挙げる。 「そんなことしてよ、祭司長の面子はどうなんだ?」 彼の顔に、肉食獣の攻撃的な眼差しが叩き付けられる。 「そんなざまだから、年寄りは舐められているのだ。先に仕掛けてきたのは、女どもの方だぞ。恥をかくのなら、身から出た錆だろうが」 怒鳴りつけられて、腑に落ちない表情ながらも若者は黙った。 傍らの二人は、それぞれ違った表情を浮かべている。 「ジエリオ、いつやるんだ?」 完全に乗り気になっているのが、一人。若さからの血気に逸っているのがよくわかる。 「まだ決まっちゃいないが、そう遠くはねえ。今も何人か、一緒に行く奴を集めてある。ある程度頭数がそろったら呼ぶぞ」 もう一人は、義務感に突き動かされているようだった。 「まあ、あんまりいいとは思えねえけど、締めるところは締めねえとなあ」 「おお、そう来なくてはな」 二人の賛同者を得て、ジエリオは鷹揚に頷いた。 その顔が、ぼんやりした若者に向く。 「お前はどうするよ」 「ううん、俺は」 「じゃあ、お前も呼んでやる」 やるともやらないとも返事をする前に、ジエリオは若者の背を平手で豪快に張り飛ばした。 ジグムントが書籍を集めて目を通すようになったのは、上の取り決めで結婚させられてしばらくしてからだった。 行商が在庫に持っている雑多な数冊を、系統問わず引き取って読み漁る姿を見て、彼を知る者たちは、嫁の機嫌をとるために話の種を用意しているのだなどと 冗談めかして囁きあったものだが、本当のところジグムントが何を考えているのか、推し量りようはない。 少なくともその習慣は、その妻との間にできた娘が一人前の戦士として外に出るようになった今もまだ、続いている。 明かり窓から差し込む昼下がりの光で、両手で抱えるほどの分厚い博物図鑑を眺めていたジグムントの私室を、訪ねる者がいた。 「いるかい」 扉代わりの分厚いカーテンの端が、少し持ち上げられる。隙間から覗いた顔は、ジエリオのものだった。 「話があるんだが、いいか?」 ジエリオの様子を見て、博物図鑑に栞を挟んで閉じると、ジグムントは椅子に腰を下ろしたまま、来訪者へ向き直った。 「何だ」 「何だ、じゃねえよ。あんた、こんな所で何をしてるんだ」 カーテンを跳ね除けると、ずかずかと大股に歩み寄ってくる。 「自分の娘が連れ去られて、よくもまあ呑気に本なんか見てられるな。なんとも思ってねえのか」 ジグムントは答えず、じっとジエリオの顔を見ている。 「お前が祭司連中を追い返してまで鍛えた娘が、女どもにいいようにされてるんだぞ。家長としても、何かするべきじゃねえのか」 「何をしろと言うつもりだ」 ジグムントの表情は、相変わらず読みようがない。 「奴らがそのつもりなら、こっちも奪い返しにいくまでだろうが。聞いているぞ、生まれたばかりのレムを取り返しに、祭司団へ斬り込んだそうだな。 あの時のことを、もう一度やるだけだ。何を躊躇うことがあるんだ」 ジエリオが口を閉じる。間が、あった。 「話は、終わりか」 「なんだと!?」 「連れ戻しに行けとは、既にガルマリウドから言われた。私のすることは、変わらん」 ジエリオを見つめる碧い眼が、押し迫ってくるような気配をはらんだ。 「話は、終わりか」 ジエリオは、今の短いやり取りのどこかで虎の尾を踏んだらしいと、ようやく理解した。 ならばなぜ行かない、などとは聞ける雰囲気ではなかった。 ドオリルが、にこにこしながら戦槌をいじっている。 槌頭がきちんと嵌っているかどうかを確かめるのは、武器工廠に持っていく時期でなくても定期的にやっておくべきことである。 ただドオリルの場合は、ふと思い出した時以外にも、気がかりなことがあれば、何かと槌をいじり回す。 昨日も武器の調整をしている夫を見ているからこそ、妻はドオリルに声をかけた。 「あんた、なんか心配事あるんじゃないの?」 顔を上げたドオリルは、意外そうな気色だったが、相変わらずにこにこしたまま槌に目を落とす。 「いやあ、なあ。前にレムがなんとかって話したろ」 「したわね」 「どうも今頃、戦士団の若いのが騒ぎ出してなあ。議会決定を無視すんのは何事だ、っつってよう」 「随分悠長ね」 「そうなんだよなあ。そっちには、何か伝わってねえかあ?」 「何かって、何よ」 「んん。なんか中心になってる奴がいるとかいねえとか」 ひょいと頭を上げた夫の顔を見ているうちに、妻は少し苛立ってきた。状況的に、ドオリルが自分より情報を持っているのは、疑いようがない。 「何もないわよ。何かあるならさっさと言いなさいよ」 言葉に険があったか、ドオリルがしょぼくれた感じでまた槌に目を落とす。 こういうときでもにこにこしたままである。噂では、戦場でもこの表情のまま敵を叩き伏せるらしい。 「どうもなあ、ジエリオが若いのを煽ってるらしいんでよう」 ようやく腹を決めたのか、また顔を上げてぼつぼつと語り始めた。 「ジエリオ?」 「ほれ、ゼリエの二番目の旦那だよ」 「弟の方?」 「おお、弟の方だあ。というか、兄貴の方は死んでるって言ってるだろうがよう」 「えっと、クードバムのとこの似てない兄弟ね。どっちだったかしら、冴えないお人好しは」 「兄貴の方だなあ。ジエリオはホレ、山賊の頭でもやってりゃあサマになりそうな方だあ」 「ああ。あの」 あまりはっきりとは思い出せないまま、相槌を打つ。職業柄、あまり男と顔を合わせる機会がないのである。 家族や近所や古馴染みならともかく、噂を聞く程度の相手では、こういうことはよくある。 「なんでまた、そんな。別れた奥さんに嫌がらせかい?」 「かもしんねえなあ」 膝に乗せていた整備道具を放り出し、ドオリルは背伸びをした。 「実は俺も今日、声かけられてよう」 「乗ったんじゃないだろうね」 「馬っ鹿、誰が乗るかよ。そんなに考え足らずじゃねえぞお」 「若くもないしね」 「うるせえやい」 売り言葉に買い言葉だが、ドオリルは妻になんとかわかりやすいように説明するべく、頭を回転させているところである。 「なんつうかなあ、戦士団の面子が立たねえみたいなことをずっと言っててなあ。恨みがましいことは欠片も言ってなかったけどよう」 「じゃあ違うんじゃないのかい」 「いや、なんか、どうも祭司団の詰所に押しかけるつもりみてえでな」 「あんた、それを早く言いなさいよ!」 夫のいじっていた戦槌を取り上げ、それで頭を張り飛ばす。 祭司をやっている妻には大問題だというのに、このいつもにこにこしている間抜けは呑気に武器を磨いているのだ。 「いってえ、勘弁してくれよう。変に気にしちまってもよくねえだろお」 「何がだい。あんたまさかついてくつもりじゃないだろうね」 「行かねえってば」 「本当だろうね」 「ほんとだって」 戦士らしくもなく、両腕で頭をかばって降参のポーズをとる夫に、なんだかため息が出てきた。 寝椅子を引き寄せて、腰を下ろす。 「にしても、元の奥さんに嫌がらせするのに、わざわざそんなことまでするのかねえ」 「まあ、普通はやらねえわな。でもジエリオだかんな。盗賊の親玉が向いてるっつったろ? やりすぎるくらいやり返すんだよなあ、あいつ」 「あらそうなの。別れられたのがそんなに気に食わないのかねえ」 「ゼリエの方から縁切ったのが気にいらねえんじゃねえのかねえ。あれでケチがついたみてえなところあるしよう」 「ふうん」 外を見ると、朱色の太陽が地平線に向かっているところだった。 「ちょっと、祭司団に話してくるわ。早いうちがいいでしょ」 「んだなあ」 頭を張りつけられた後はそのまま放り出されていた戦槌を取り、ドオリルはまた武器の手入れに意識を傾けた。 ゼリエも、当時の祭司長アルバレラから嫁ぎ先を決められて結婚した。 祭司という仕事上、男と顔を合わせる機会はほとんどなかったが、それでもゼリエを見初めた男が二人いた。 クードバムの二人の息子、ファルケとジエリオである。 気弱で心優しいファルケは、才能がなかった。後進の戦士にも遅れをとるくらいで、どうして他の職集団に行かなかったのか、誰もが疑問に思っていた。 弟のジエリオは、まさに荒くれ者といった表現が似つかわしかった。もっぱら腕力で己の意を通し、少しでも自分の立場を悪くするような行動をした者があれば 意図したしないに関わらず、長々と根に持ち、時には短絡的な手段で遺恨を晴らしもした。 その代わり、強かった。 当時の祭司団は、強い戦士に力のある祭司を娶らせて、秀でた狼を生ませようということをしており、そんな中で夫婦の選別に男の想い人を考慮した点については 周囲の者たちは快哉を叫んでいたが、そんなつまらない気の利かせ方で結局方針が不徹底に終わったことを、苛立った気持ちで聞いていたことを覚えている。 さらに、ゼリエがファルケに嫁ぐことが決まったと聞いたときは、アルバレラがいったい何を考えているのか、わからなくなった。 普通の野盗征伐でも戦死しかねない男である。 当然、気位の高いゼリエは、ファルケの存在を徹底的に無視したという。 子が生まれる話も聞かれるはずもなく、ファルケも少ない貯えからあの手この手で気を引こうとするが、すべて鼻にもかけられなかった。 つれない想い人に平身低頭しながら尽くす、冴えない戦士の姿は、もはや侮蔑の対象ですらあった。 そんな中、ファルケが死んだ。 盗賊を全滅させて気を抜いているところを、死んだふりをしていた敵に刺されたのだという。冴えない男に似つかわしい、冴えない最期だった。 妻の務めとして自ら葬儀を行った以外は、ゼリエは心を動かした様子もなかった。 ゼリエの次の夫は、ファルケの家族からの要望で、ジエリオに決まっていた。 その間、何があったかは知らない。 だが、友邦の守りに出向いて、女が出てこなければ怒り始める男である。噂では、宿舎に給仕に来た娘をそのまま組み伏せ、三日三晩監禁したこともあるという。 あの時のゼリエの破れた衣と乱れた髪と、いつからかすっかり見せなくなっていたはずの憔悴しきった表情を見れば、想像もつくというものである。 離縁したと氏族は言うが、それは双方の家族が必死に取り繕った結果である。ゼリエは、逃げ出したのだ。 今から思えば、最初にゼリエの夫にファルケが選ばれたのは、祭司団がジエリオの蛮性を嫌ったからかもしれない。 「ガルマリウドじゃねえか」 目抜き通りの向こうから、数十人の若い戦士を引き連れたジエリオが歩み寄ってくる。 まっすぐ行けば城塞がある。武器こそ持っていないが、皆一様に高揚した顔つきをしている。 ジエリオだけが、幅広剣を佩いている。 「俺の義挙に乗ってくれる気になったか。助かるぜ、議会の石頭どもも年寄りの戦士どもも、何にビビッてんのか動きもしねえ」 少なくとも、家長も長老議会も沈黙を決めた案件を引き合いに徒党を集め、逆恨みを晴らそうという無法者である。 ジエリオがいくら強くとも、夫や父としてはファルケの方が相応しい、と思った者が多かったのかもしれない。 「ジエリオ、貴様はここから先に行かせぬ」 手ごろな岩に腰を下ろしたまま宣告する。 クードバムには、ジエリオの行動とその結果には感知せぬと言質をとってある。 一人前の男のすることに口を挟むなどという浅ましい真似はせぬ、とまで言っていた。 ガルマリウドは、レイピアを持ってきている。柄に精緻な金細工の入った、現役当時から目方も寸法も変わらない、細い刺突剣である。 「おい、なんつったガルマリウド」 「ここで馬鹿どもを解散させて家へ帰れ。二度とつまらぬ気を起こすな」 「なんだとジジイ」 ガルマリウドの威に圧されて烏合の衆がたじろぐ中で、ジエリオだけは怒りを露わにした。 「家長も長老議会も静観を決めた以上、貴様ががたがた言う筋合いではないわ」 「言いやがるな。てめえらが腑抜けてっから、俺たちが代わりに是非を正してやろうってんだろうが」 ジエリオのひと睨みが来る。格下なら、目をつけられたと肝を冷やすところである。事実、この睨みを受けてから、何かにつけて絡まれる者は少なくない。 「ほざきよるわ、ゼリエに離縁された恨みを晴らす、体のいい口実を見つけただけであろう」 後ろの衆の目が、ジエリオに集まる。一人剣を携えているのは何のためなのか、疑念が視線に浮き上がり始めている。追随者は動揺していた。 「俺が逆恨みだと!? 言うに事欠いて下種の勘繰りを」 「その勘繰りを許すほど、貴様の行状は乱れきっておろうが。おれの目が節穴と思うか」 互いに、間合いを測り始めたのを感じて、ガルマリウドは岩から降りた。主張は平行線で終わるだろう。 ジエリオもガルマリウドも引く気がないのであれば、結局は己が名に懸けて、剣で勝負をつけるしかない。 そこまで意見を押し通そうとする者も少なくなってきたが、コーネリアス氏族では伝統の決着方法である。 ガルマリウドも、若い頃から今まで、何人も倒したし、何度も倒された。 「ゼリエに離縁されたのは、おのれが家人としては最悪の部類であると衆目に晒したようなものだからな。 あれから風当たりが強かろう。とっとと帰れ。ろくに戦えもせん女どもの居所に剣なぞ持ち込もうとしおって、馬鹿を上塗りするつもりか」 ジエリオの目が血走り始めた。野盗にでも生まれついたほうが、性分に合っていただろう。 ガルマリウドが長老議会に在籍できるくらいの実力者とはいえ、マダラの上に年老いて衰えただろうと踏んでいるのか。 「剣を言うなら柱担いで斬り込んだジグムントの野郎はどうなる! 適当なこと言ってやがると」 「抜け」 さらりと音を立てながら、レイピアを鞘から引き抜いた。 白銀と見紛うほどの、針のような美しい刀身が、高地の冷涼な空気に触れて細かく震えた。 「この、マダラじじいが」 ジエリオが、応じるように幅広剣を引き抜く。ガルマリウドの呼吸を窺いながら、低く構えた。 攻撃の動作を見せれば、攻め手ごと叩き斬ろうというのだろう。寸止めも峰打ちも、する気はあるまい。 その構えた姿勢に、ガルマリウドはひょいと切っ先を通した。 喉の肉の柔らかい手ごたえが、レイピアのしなりを通じて手に伝わってくる。 「あ?」 返し技狙いで、むしろガルマリウドの攻撃を待っていたはずだった。待っていた通りの攻撃が来て、まったく反応できなかった事実に、ジエリオが間抜けた声を上げる。 喉から生えた銀の輝きを見下ろすその目を覗き込み、ガルマリウドは切っ先を奥に押し込むかのように小さく囁いた。 「貴様があの朴念仁と同じと言うつもりか。身の程知らずにも程があろう」 引き抜くと同時に身をかわすと、ガルマリウドがいた場所に、噴水のような血が飛び散った。 既に、野次馬も多くいる。中にはちらほらと長老議員の姿もあった。 仲裁に入ってこなかった。この件も、静観と決まったのだろう。氏族の内は、家族単位の折衝に任せる傾向が強い。 「散れ」 血のついた剣を手に持ったまま唸ると、旗頭を失った烏合の衆は、ばらばらと散っていった。 その日の夕暮れ、レムがゼリエの講義を受けていると、ゼリエ宛だという伝令の娘が来た。 ゼリエは、講義を邪魔された不快感を一切顔に出していないにも関わらず、すっかり萎縮している娘は、レムには聞こえないように小さく何事かを告げた。 レムには、少しゼリエの表情の雰囲気が変わったように見えた。 伝令の娘に向き直り、たった一言「そうですか」と告げたゼリエは、空恐ろしくなるくらい無表情だった。
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/751.html
りんごVSかなめ その日は梅雨の晴れ間広がる、とても静かな、そして平和な一日だった。 しかし、それは昼前の家庭科の調理実習において、唐突に崩れ去る事になる。 それは塚本、来栖、そして猛の三人が面白みの無い調理実習をサボろうと、 先生を含む生徒達が調理に夢中になっている隙にこっそりと家庭科室を抜け出そうとした事から始まった。 何時もならば、常日頃から素行が余り宜しくない彼らが抜け出した所で、 『あれ?誰か居なくね?』『またあいつらでしょ? 放っときなさい』のやり取り程度で見過ごされる筈であった。 だが、その時は猛が何を思ったか、調理に使うバナナを一本くすねてしまっていたのだ。 もし、これが別のクラスの事であれば、バナナが一本無くなった所で別に如何って事も無い事で済まされていたのだが。 生憎、彼らの居るクラスには、自他共に認める料理の鉄人、星野りんごの姿があった。 誰かが背筋に走る寒気に気付いた時、全ては遅すぎた。 ヒュ、と空気を裂く音を立てて、猛らが隠れていた机の脚に深深と刺さる包丁。 背中へ氷水をぶっ掛けたような寒気を感じた彼らが振り向いた先には、精神異常者の如くぶつぶつと呟くりんごの姿。 彼女のその右手には、牛肉のブロック塊を骨ごと両断できそうな幅広の肉切り包丁、 そして左手には、長さ一尺を超える鍛え抜かれた日本刀を彷彿とさせるマグロ切り包丁、 それは猛が食材であるバナナをくすねたと言う行為に対し、彼女が料理の鉄人モードへと移行している証拠であった。 「やばい! ズラかれっ!!」 塚本の悲鳴に近い叫びを切っ掛けに、猛らは脱兎の如く家庭科室の入り口へと走る。 だが、その目の前を何かが横切り、すこんっ、と壁へ突き刺さった事で彼らは足を止めざるえなかった。 コンクリートの壁に刺さっていた物、それは何処にでもある竹串だった。 「ま…マジかよ…コレ、コンクリだぞ…?」 余りにも有り得ない光景を前に、思わず呻きに近い声を漏らす猛。 無論、塚本も来栖も只、絶句するしか他が無い。 「トカゲの肉は鶏肉に似たクセの無い食感で、 高タンパク、高カロリーでありながら脂肪分が少なく、余計な油を取りたくないダイエット中の女性などにおすすめ…… 料理法としては、鶏肉と同じ様に串焼き、唐揚げ、炒め料理などの他に、鍋料理やマリネなども美味しく頂ける……」 はと三人が振りかえると、其処にはぶつぶつとトカゲ肉の特徴(多分、猛の事)を呟きながら迫るりんご。 どす黒い気を身に纏い、両手に持った包丁をゆらゆらとぶらつかせながらゆっくりと近づく彼女のその姿は、 某大作RPGに出てきたカンテラと包丁を手にした恐るべき半魚人を彷彿とさせた。 「ま、待てっ! 俺は関係無いぞ!? バナナくすねたのはこいつだけだからな!」 「そ、そうだ! 俺もこいつと違って”今回は”食材を無駄にしたりとかしてないぞ!」 「あっ、てめぇっ! 二人して俺を売るつもりか!?」 追い詰められた塚本と来栖は、ここぞとばかりに猛を前面に押し出して盾にしようとする。 無論、後で猛の恨みを買うのは塚本、来栖にも分かりきっている事ではあるが、 今は猛よりも、目の前に迫るウサギの少女の方が万倍恐ろしかった。 「うん、そうね…?」 そんな塚本と来栖の説得?が通じたのか、はたと足を止めて考えるりんご。 身の安全を確信し、心の内でほっと胸を撫で下ろす塚本と来栖。 ―――しかし、世の中はバナナの様に甘くは無かった。 「ここはトカゲと馬肉、鹿肉のフルコースと行きましょう…」 「「「い…いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」」」 りんごから死刑判決にも等しい事を笑顔で言われ、三人は恐怖の余り思わず抱き合って悲鳴を上げる。 ―――そして、家庭科室を舞台にした恐怖の騒乱劇は始まった。 どがらがしゃーん! ばりーん! 「きゃー! りんごちゃんが――――!!」 「刃物しまえ! 刃物―――!!」 「ぎゃぁぁぁぁぁっ!? 調理されるぅぅぅぅぅっ!」 「待ちなさい…食材が逃げちゃダメでしょ? 素直に料理されないと…!」 空気を切り裂いて飛来する包丁。横倒しになるテーブル。床へぶちまけられる皿と食材。割れる窓ガラス 猛獣の如く目をぎらつかせ、両手の獲物を振り上げ跳躍するりんご。悲鳴を上げて教室を逃げまわる猛ら三人。 悲鳴を上げるハルカ。何故かりんごを応援するモエ。止め様にも巻き添えが恐くて動けない委員長。 パニックに陥る空子。それを宥めようとする惣一。こっそりと教室の隅に退避するルイカ。 ボウルに入ったシロップを頭から引っ被る卓。それを見て笑う朱美。テーブルの下で恐怖で尻尾を丸めるヒカル。 吹き飛ぶ丸椅子。その直撃を食らって気を失う堅吾。慌てて堅吾を介抱しようとする保険委員。それを前に呆れる優。 必死にりんごを止めようとする翔子。それを心配気に見守る悠里。さり気に巻き添えを食って吹き飛ぶ鎌田。 ……教室は最早、カオスと化していた。 もう調理実習どころではない状況の中。 他の生徒達は自身に巻き添えが及ばぬ様に物陰に身を潜め、一刻も早い事態の収拾を待つしかない。 しかし生憎、収拾の頼みの綱である家庭科の教師は早々に騒乱に巻きこまれ、目を回して気を失っていたりする。 そしてりんごを止められそうな友人の翔子もまた、教室を縦横無尽に跳躍するりんごを追いかけるので精一杯。 それを前に、この場の誰もがこの騒乱がまだ続きそうだと絶望した。 「…………」 だがしかし、そんな状況を別世界の事の様に、全く気にする事も無く一人黙々と料理をし続ける少女の姿があった。 後ろ髪のレースのリボンと共に兎族特有の長い耳を揺らし、静かに食材を調理する彼女の名は兎宮 かなめ。 竜崎 利里へ密かに思いを寄せる、余り目立たない物静かな兎族の少女である。 「利里さん、喜んでくれると良いな」 着々と出来あがりつつある料理を前に、自分の料理の味で想い人が喜ぶ姿に想いを馳せるかなめ。 その直ぐ横のテーブルの天板にスコンッ、と飛んで来た果物ナイフが突き刺さるが、彼女は全く気にも止めない。 いや、それどころか直ぐ後を吹っ飛んできた椅子が通り過ぎようとも、耳元をフォークが掠めようとも一切気にしない。 そして周囲の生徒ですらも、危険な状況の中で平然と料理を続ける彼女に気付きもしなかった。 ――そう、彼女は本当に、そして文字通り目立たなかった。 それも単に存在感が無い、影が薄い、と言う程度の話ではなく。 直ぐ側に彼女が居ても、彼女から声を掛けられるその時まで誰もその存在に気付かない位に目立たないのだ。 無論、佳望学園において彼女の名を知る者は、教師を含めて五、六人ほどしか存在しない。 恐らく、学園の教師に彼女の顔写真を見せて「この子は誰?」と聞いても、教師の大半が首を傾げる事だろう。 しかし、朝の出席の時だけはしっかりと存在を誇示している辺り、彼女は几帳面と言うべきだろうか? まあ、それはさて置き。つまりは彼女――兎宮 かなめはそれだけ存在感をステルスしている少女と言えた。 「うわぁぁぁぁぁっ!! 俺は美味くねぇぞぉぉっ!?」 「そ、そうだっ! 前も言ったけど俺達は不摂生な生活をしているから美味しくないって!」 「あ、ああ、塚本たちの言う通りだ! 俺も身体がガチガチに筋張ってるから不味いだけだって!」 黙々と調理する彼女の直ぐ後ろを、猛らが悲鳴と怒号と共に通り過ぎる。 其処でかなめは何かに気付いたのか、長い耳をぴくりと動かし、両手に調理中の食材と器具を持ってさっと飛び退く。 「猛君は大きいからいろいろと調理のし甲斐があるわね…塚本君と来栖君はその添え物で行こうかしら…」 「「「うひぃぃぃぃぃぃっ! 全然聞いてねぇぇぇぇぇっ!!」」」 ――その直後、先ほどまで食材があったテーブルに跳躍してきたりんごが降り立ち、再び猛らへ向けて跳躍する。 それを確認したかなめは鼻をヒクリとだけ動かすと、両手の食材をテーブルへ戻し、何事もなかったかの様に調理を続ける。 そんな見事な回避行動があったにも関わらず、それに誰一人として気付いていないのは流石と言うべきか? 彼女はこんな調子で、周囲の状況を気にする事無く、直撃する物だけを回避して黙々と料理を続けていくかに思われた。 「……!」 ――しかし、かなめはある物を目にし、 果物ナイフ(先程テーブルに刺さった物)でバナナを切っていた手を止める事となる。 「な、何で無関係な俺まで追いかけられてるんだぁぁぁぁっ!?」 「んなの知るかよっ、竜崎! お前も俺と同じトカゲ族だからだろっ!」 「そうだ、こうなったら利里! ここは何かの縁と言う事で俺達と一蓮托生だ!」 「そんな一蓮托生ヤだぞぉぉぉぉぉっ!!」 それは何時の間にか、猛らと共に追い掛け回されている利里の姿であった。 どうやら、騒ぎが起こる前、彼は急にもよおしてきて先程までトイレへ行った後、、 何も知らずに家庭科室に戻ると同時に、騒乱に巻きこまれたと見て良いだろう。 「何時の間にか食材が増えてる…? まあ良いわ、気にしない…」 「き、気にしてくれぇぇぇぇぇっ!?」 しかも、どうやらりんごは無関係な利里も食材と判断したらしく、逃げる彼の背へ容赦なく包丁を振う。 その際、包丁がシャツを掠めたのか、ハラリとシャツが裂けて利里の背中の赤褐色の鱗が露わとなる。 「あ…利里さんの背中、逞しいな…――じゃなくて、助けないと」 一瞬だけ利里の背中に見蕩れた後、直ぐに気を取り直したかなめは、利里を助けるべく行動に入る。 「ターゲットは動きが早い…よって、チャンスは一瞬のみ」 ぶつぶつと呟きながら胸元から取り出したのは、一本の木から削り出した直径数cm長さ15㎝程の筒。 それを手に、彼女はパンツが見えるのも構う事無くテーブルの上へと跳び乗ると、 立て膝を付いた姿勢を取り、小さなケースから取り出した何かを木筒の中へ装填する。 「りんごさんの行動パターン計測開始。 …数歩走って右前方へ1メートル跳躍、サイドターン、攻撃動作、左斜め前方へ3メートル跳躍、レフトターン、攻撃動作… ――計測完了、行動パターン把握。直ちに射撃体勢へ移行」 かなめは一見、アットランダムな動きを見せるりんごの動きを、猛らの動きから先読みして把握して見せた後、 計測結果を元にりんごの動きを確実に目で追いながら、両手に保持した木筒を口に咥え、木筒の先をりんごへと向ける。 「…………」 周囲の雑音や景色を意識から切り離し、必要な情報のみを脳へと取り入れる。 そして、灰色の静かな世界の中、跳躍するターゲットのある一点のみを意識に捕らえつづける。 彼女の双眸は何時しか、大人しい草食獣の物から、狙った獲物を逃さぬ冷酷な狩猟者の物へと移り変わって行く。 しかし、その様子に気付く物は誰一人として存在しない。そう、狙われているりんご自身ですらも。 「…………」 逃げる四人へ向けてりんごが跳躍、降り立った先で四人へ振り向き、包丁を振う。 シャツを切り裂かれ驚愕の声を上げる塚本。角の先端を斬り飛ばされ悲鳴を上げる来栖。それでも逃げる四人。 彼らが逃げる方向へ再度跳躍するりんご、四人の直ぐ側へ降り立ち、その方へ振り向き、包丁を振り上げ――今! ぷっ さすっ 耳の良い種族ならばそう聞えていたであろう、ごく小さな音が家庭科室に響く。 それと同時にりんごの身体がビクンと震え、ぐらぐらと身体を揺らした後、唐突に体勢を崩す。 「うわっ、ちょ! りんご!?……って、寝てる?」 それに気付いた翔子が倒れかけたりんごの身体を支えた時には、りんごはすぴょすぴょと寝息を立てている所だった。 何事かと思いつつ翔子がりんごの身体を探ってみると、彼女の首筋に何かが刺さっているのに気付いた。 「……これは……」 それをりんごから引き抜いて確認してみると、それは羽飾りのついた吹き矢だった。 多分、りんごを眠らせたのは、この吹き矢に塗られた即効性の眠り薬による物なのだろうか? 「よ、良く分からんが…俺達は助かった、様だな…?」 「ま、マジで馬刺しにされるかと思った…もう調理実習でサボったりしねぇ!」 「全くだ…あんな恐ろしい想いは、もう二度とゴメンだ! これからは調理実習だけは真面目にやるぞ!」 「おーい、さっきから鎌田が痙攣起こしてるけど、放っておいていいのか?」 「鎌田…ライダーだったら保健室で暖めておけ。そのうち目が覚める」 「くっそ、頭がべとべとする…誰かタオル――って、朱美、さり気に雑巾渡すな」 「先生、目を覚ましてください……ってダメだこりゃ、完全に気を失ってるわね」 「ぬぉぉぉぉっ! 堅吾君滅茶苦茶重いっス! でも、保険委員の名にかけて救護するッス!」 「皆さん! まだ授業は終わってないから勝手に教室から出ないで!」 騒乱の大本であったりんごが眠りに落ちた事で、 事態の収束を見て取ったか、それぞれ思い思いに動き始める生徒達。 「たしか、あの方向から吹き矢が飛んできてたけど……あれ?」 その最中、翔子は眠りこけたりんごを悠里に任せた後。 吹き矢を放った人物を探し始めたのだが、幾ら探してもそれらしい人物は全く持って見つからなかった。 「なんだか知らないけど、本当に助かったぞ……」 翔子が見つからぬ狙撃手探しに明け暮れているその頃、 訳の分からない内に騒乱に巻き込まれ、そして訳の分からない内に助かった利里がほっと胸を撫で下ろす。 彼はあわや尻尾を切断されてしまう寸前であった事だけに、その安堵の度合いは相応な物であろう。 それにしても、極限状況から介抱された所為かお腹が空いてたまらない。 「あ~。昼休みまで後20分かぁ……」 ぐうぐうと騒ぐお腹の虫を宥める利里が見た掛け時計は、まだ授業が終わっていない事を無言で知らせていた。 昼休みまでまだ時間がかかる事を知ってか、腹の虫が腹減ったとばかりにギュルギュルと余計に騒ぎたてる。 こうなる事なら調理実習があるからと朝御飯を抜いて行かなければ良かったと、利里は後悔の溜息を漏らす。 「あの……」 「んお? 誰だ―?」 と、空腹を抱える背を叩く誰かの手に利里は気付いた。 振り向いてみてみれば、其処に居たのはフルーツポンチを盛った皿を手にしたかなめの姿。 彼女は何処か恥かしそうに鼻をヒクヒクとさせながら、両手に持ったフルーツポンチの皿を利里へと差しだして言う。 「…良かったら、これ、食べてください」 「おおっ、良いのかー!?」 「…は、はい!」 フルーツポンチを渡された利里は渡りに船とばかりに、喜び勇んで掻き込む様に食べ始める。 大皿一杯に盛られたフルーツポンチではあったが、空腹の利里の前では数分を持たずに綺麗に食べ尽くされた。 そして、かなめは利里がフルーツポンチを食べ終えるのを待って、何処か不安混じりに問いかける。 「あの…お味は、如何ですか……?」 「うん、すっごく美味しいぞ―!」 さっきまで空腹だった利里にとって、このフルーツポンチはどんな高級料理よりも格段に美味しく感じられた。 もう余りの美味しさに、思わず皿まで舐めてしまいそうだ、というか、既にべろべろと舐めてしまっている。 無論、舐めおわった利里は直ぐ様、空腹を解消してくれた恩人へ礼を言おうとその方へ振り向いたが… 「……あれ? 居ない?」 しかし、其処にはもう彼女の姿はなく、落ち着きを取り戻しつつある家庭科室の風景だけが広がっていた。 そう、この時には既に、かなめは恥かしさの余り、答えを聞く事も無くその場から逃げ出してしまった後だったのだ。 そして、ふとある事に気付いた利里は、独り、その疑問を口にする。 「……あの子、誰だったっけ?」 ……かなめの思いが届く日は、まだ遠い。 ―――――――――――――――――――――――終われ―――――――――――――――――――――――
https://w.atwiki.jp/kangsongtaeguk/pages/7.html
朝鮮(チョソン)の政治 | 朝鮮の標章 | 朝鮮の軍事 | 共和国の歴史 | 朝鮮の文化 | サイトマップ | 外部リンク 強盛大国 朝鮮の標章 愛国歌強盛大国 朝鮮の文化 朝鮮の歌 愛国歌 朝鮮民主主義人民共和国国歌 愛国歌 朝鮮語原文 日本語訳文 아침은 빛나라 이 강산 은금에 자원도 가득한 삼천리 아름다운 내 조국 반만년 오랜 력사에 찬란한 문화로 자라난 슬기론 인민의 이 영광 몸과 맘 다 바쳐 이 조선 길이 받드세 백두산기상을 다 안고 근로의 정신은 깃들어 진리로 뭉쳐진 억센 뜻 온 세계 앞서나가리 솟는 힘 노도도 내밀어 인민의 뜻으로 선 나라 한없이 부강하는 이 조선 길이 빛내세 솟는 힘 노도도 내밀어 인민의 뜻으로 선 나라 한없이 부강하는 이 조선 길이 빛내세 朝は輝け 大地 黄金のめぐみ あふれ 三千里うるわし祖国 五千年の歴史と きらめく文化 育てし 人民のこの栄光 すべて捧げ この地 とわに守らん 白頭(ペクトゥ)の精気を継げる 勤労の聖なる気性 真理で 固めしこころ 世界に さきがけん 力 怒涛とわきて 人民の樹てし国ぞ 富あふれるこの地 とわに栄えよ 力 怒涛とわきて 人民の樹てし国ぞ 富あふれるこの地 とわに栄えよ 愛国歌 (演奏)愛国歌 (朝鮮語歌唱)【功労国家合唱団】 愛国歌愛国歌 (演奏)愛国歌 (朝鮮語歌唱)【功労国家合唱団】 愛国歌
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/20868.html
登録日:2010/11/06(土) 12 55 31 更新日:2024/06/16 Sun 02 54 08 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 カロン ジンヘルストーム セルティ デュラハン トラウマ 失われし時代 漆黒なる夜明け 裏ボス 鬼畜 黄金の太陽 『黄金の太陽失われし時代』に登場する敵モンスター。 姿は多く言われる「デュラハン」と同じように、やはり首のない騎士。 全てのジンを揃えなければ入れないアネモス神殿の奥の、そのさらに最奥部にいる。イリスの召喚の石板を守っている。 この作品ではいくつかサブダンジョンとボスがいるが、正真正銘最強の裏ボス。戦闘曲は開かれし封印のラスボスと同じ。 HP約15000、さらに毎ターンHP200の自然回復能力付き。 軒並み高いステータスに極悪技を兼ね備えている超強敵。 〜攻撃一覧〜 ファルミナスエッジ 1人を攻撃。防御貫通効果があり大ダメージ。時にダメージが4桁になることも。 まのせっしょく 最大範囲は3人。ダメージを与え、HP吸収する。地味にウザい タイトエナジー スクリーム デスフォーチュン お馴染みの状態異常エナジー。 デスチャージ 即死エナジー。もってかれると凹む。 チャージエレメント この行動自体に効果はないが、次のターンに後述のカロンを打ってくる。ちなみにエナジー封じ状態などにすると、パターンが崩れて打たないことがある。 カロン こちらもアネモス神殿入り口で入手した召喚。 全体攻撃の大ダメージに、即死の追加効果つき。パターンを崩すか、せめてバリア系ジンを使ってダメージを軽減すること。 ジンヘルストーム ラスボスの悪夢再来。味方全員の全てのジンがリカバリー状態になってしまう。 カロンを打った後に使うことが多いので、せめて読んで一人はハイドで回避しておきたい。逆にそれ以外に防ぐ手段がないので、後衛と入れ換え、カシスでリカバリーを早めること。 いかにしてダメージを与えるかと、カロンとジンヘルストームの対策が攻略の鍵。ジンヘルストーム後でも少しは耐えられるように相当のレベルが必要。レベル70ぐらいは最低限必要、それでもできる限りレベルを上げていた方が望ましい。 レベルが低くても召喚連打でならなんとか勝てる。その際先陣で倒しきれなかったり、ジンヘルストームで潰された場合は、後衛と入れ換えできないと自然回復で倒しきれないことがあるので注意。とはいえ、ガチンコモードだとそれでも通用しない。 余談だが、ネクロマンサー系の最上位クラスでは、こいつを召喚するサモンデュラハンのエナジーがある。ファルミナスエッジで攻撃する。 新作の漆黒なる夜明けでも登場。クリア後に行ける宝島のB10F最深部におり、やはりイリスの石板を守っている。戦闘曲は裏ボス共通でGBAのサテュロス戦およびスターマジシャン戦のアレンジ。 今回はカロンだけでなく、前作でバルログの専売特許だったはずの、こちらの召喚を奪って使ってくるジンコルドロンを使うので、召喚連打だと逆に返り討ちにされることも。 われ 光をふうじる者なり 追記修正の力を欲するならば お前の力を 見せてみよ。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] こいつレベルを上げて物理で殴るが通用するしそんなに強くないと思う いやまあレベル99カオスナイト2賢者2で毎ターン回復しながら殴るだけだけど -- 名無しさん (2016-04-07 02 49 21) ↑に加えて復活の聖水全員に10個くらい持たせればどうとでもなる 始原の幼子とかの方が強い -- 名無しさん (2016-04-07 02 51 21) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/jojobr3rd/pages/18.html
追跡表 Parte5 黄金の風 前へ 戻る 次へ ジョルノ・ジョバァーナ 17 020 演者 ◆yxYaCUyrzc 073 『ボス』の役目とは ◆LvAk1Ki9I. 090 BLACK LAGOON ♯01 ◆vvatO30wn. BLACK LAGOON ♯02 BLACK LAGOON ♯03 108 メメント ◆SBR/4PqNrM 112 黒金の意志 ◆c.g94qO9.A 135 Catch The Rainbow...... ◆c.g94qO9.A 139 太陽の子、雨粒の家族 (前編) ◆c.g94qO9.A 太陽の子、雨粒の家族 (後編) 149 それでも明日を探せ ◆VjwVrw6aqA 157 デュラララ!! -裏切りの夕焼け- ◆vvatO30wn. デュラララ!! -コンプリケイション- 164 血の絆 ◆q87COxM1gc 167 黄金の影 ◆c.g94qO9.A 169 トリニティ・ブラッド -カルマ- ◆3hHHDZx0vE トリニティ・ブラッド -リライト- 171 因縁と希望を背負う集い星 ◆3yIMKUdiwo 180 All Star Battle -FIGHT!- ◆LvAk1Ki9I. All Star Battle -ROUND 1- All Star Battle -ROUND 2- All Star Battle -FINAL ROUND- All Star Battle -SITUATION FINISH- 192 unravel ◆3hHHDZx0vE 199 地図 ◆yxYaCUyrzc 204 Tangled Up ◆LvAk1Ki9I. ブローノ・ブチャラティ 5 002 ある少女の悲運と幸運について ◆4eLeLFC2bQ 041 少女ルーシーとネクロファンタジア ◆I5Ppp/MaHQ 091 暗いところで待ち合わせ ◆3uyCK7Zh4M 099 単純 ◆yxYaCUyrzc 124 虚空歌姫 ~イツワリノウタヒメ~ ◆vvatO30wn. 愛・おぼえていますか 恋離飛翼 ~サヨナラノツバサ~ レオーネ・アバッキオ 8 018 やっぱり僕のパパじゃない ◆SBR/4PqNrM 049 Break My Body/Break Your Soul ◆Osx3JMqswI 060 生とは――(Say to her) 前編 ◆ZAZEN/pHx2 生とは――(Say to her) 後編 085 迷える子羊は神父への懺悔を望む ◆LvAk1Ki9I. 087 怪物は蘇ったのか ◆c.g94qO9.A 125 THE LIVING DEAD ◆m0aVnGgVd2 126 Wake up people! ◆m0aVnGgVd2 127 タチムカウ-狂い咲く人間の証明- ◆m0aVnGgVd2 グイード・ミスタ 7 020 演者 ◆yxYaCUyrzc 073 『ボス』の役目とは ◆LvAk1Ki9I. 090 BLACK LAGOON ♯01 ◆vvatO30wn. BLACK LAGOON ♯02 BLACK LAGOON ♯03 121 聖堂に運ばれた2人の男 ◆LvAk1Ki9I. 146 記憶 ◆yxYaCUyrzc 151 レベルE ◆vvatO30wn. 157 デュラララ!! -裏切りの夕焼け- ◆vvatO30wn. デュラララ!! -コンプリケイション- ナランチャ・ギルガ 14 021 似てる気がする ◆VjwVrw6aqA 060 生とは――(Say to her) 前編 ◆ZAZEN/pHx2 生とは――(Say to her) 後編 085 迷える子羊は神父への懺悔を望む ◆LvAk1Ki9I. 087 怪物は蘇ったのか ◆c.g94qO9.A 115 死亡遊戯(Game of Death)1 ◆SBR/4PqNrM 死亡遊戯(Game of Death)2 128 目に映りしものは偽 ◆4eLeLFC2bQ 141 判断 ◆yxYaCUyrzc 162 ありえない筈の遭遇 ◆jNtKvKMX4g 164 血の絆 ◆q87COxM1gc 169 トリニティ・ブラッド -カルマ- ◆3hHHDZx0vE トリニティ・ブラッド -リライト- 181 男の地図とダイヤモンドガール ◆c.g94qO9.A 186 ブレイブ・ワン ◆HAShplmU36 202 引力 ◆yxYaCUyrzc 207 どこへ行かれるのですか? ◆LvAk1Ki9I. パンナコッタ・フーゴ 15 028 恥知らずのウォッチタワー ◆SBR/4PqNrM 077 人生を賭けるに値するのは ◆Rf2WXK36Ow 085 迷える子羊は神父への懺悔を望む ◆LvAk1Ki9I. 087 怪物は蘇ったのか ◆c.g94qO9.A 115 死亡遊戯(Game of Death)1 ◆SBR/4PqNrM 死亡遊戯(Game of Death)2 128 目に映りしものは偽 ◆4eLeLFC2bQ 141 判断 ◆yxYaCUyrzc 162 ありえない筈の遭遇 ◆jNtKvKMX4g 164 血の絆 ◆q87COxM1gc 169 トリニティ・ブラッド -カルマ- ◆3hHHDZx0vE トリニティ・ブラッド -リライト- 172 獣の咆哮 ◆q87COxM1gc 177 君の知らない物語 ◆HAShplmU36 193 To Heart ◆LvAk1Ki9I. 207 どこへ行かれるのですか? ◆LvAk1Ki9I. 207 邂逅 ◆yxYaCUyrzc トリッシュ・ウナ 12 036 遥かなるサンタルチア ◆4eLeLFC2bQ 072 幕張 ◆vvatO30wn. 099 単純 ◆yxYaCUyrzc 124 虚空歌姫 ~イツワリノウタヒメ~ ◆vvatO30wn. 愛・おぼえていますか 恋離飛翼 ~サヨナラノツバサ~ 141 判断 ◆yxYaCUyrzc 162 ありえない筈の遭遇 ◆jNtKvKMX4g 164 血の絆 ◆q87COxM1gc 169 トリニティ・ブラッド -カルマ- ◆3hHHDZx0vE トリニティ・ブラッド -リライト- 181 男の地図とダイヤモンドガール ◆c.g94qO9.A 186 ブレイブ・ワン ◆HAShplmU36 202 引力 ◆yxYaCUyrzc 207 どこへ行かれるのですか? ◆LvAk1Ki9I. J・P・ポルナレフ 1 019 学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 前編 ◆vvatO30wn. 学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 後編 マリオ・ズッケェロ 5 048 虚言者の宴 ◆c.g94qO9.A 078 金田一少年の事件簿 ファイル1 ◆vvatO30wn. 金田一少年の事件簿 ファイル2 金田一少年の事件簿 ファイル3 金田一少年の事件簿 ファイル4 095 Panic! At The Disco! (前編) ◆c.g94qO9.A Panic! At The Disco! (中編) Panic! At The Disco! (後編) 113 勝者 ◆yxYaCUyrzc 140 影に潜みし過去暴くもの(前編) ◆LvAk1Ki9I. 影に潜みし過去暴くもの(後編) サーレー 6 059 空気 ◆yxYaCUyrzc 097 君は引力を信じるか ◆c.g94qO9.A 133 最強 ◆yxYaCUyrzc 138 裏切りの虹村形兆 ◆c.g94qO9.A 148 大乱闘 ◆c.g94qO9.A 165 BLOOD PROUD ◆c.g94qO9.A プロシュート 15 039 1/2+1/2= ◆Osx3JMqswI 051 寂しい半球、歪な全球 ◆3uyCK7Zh4M 084 『日陰者交響曲』 ◆c.g94qO9.A 089 Requiem per Mammone (前編) ◆c.g94qO9.A Requiem per Mammone (後編) 120 Dream On ◆4eLeLFC2bQ 131 死神に愛された者たち ◆c.g94qO9.A 147 夢見る子供でいつづけれたら ◆c.g94qO9.A 160 役割 ◆yxYaCUyrzc 173 無粋 ◆yxYaCUyrzc 174 されど聖なるものは罪と踊る ◆/SqidL6HL. 182 祭の前にさすらいの日々を ◆HAShplmU36 188 火蓋 ◆yxYaCUyrzc 188 風にかえる怪物たち ◆OnlAmXGbfQ 195 かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36 207 どこへ行かれるのですか? ◆LvAk1Ki9I. ギアッチョ 5 025 私のDIO様がこんなに来世なわけがない ◆LvAk1Ki9I. 044 killing me softly ◆4eLeLFC2bQ 091 暗いところで待ち合わせ ◆3uyCK7Zh4M 099 単純 ◆yxYaCUyrzc 124 虚空歌姫 ~イツワリノウタヒメ~ ◆vvatO30wn. 愛・おぼえていますか 恋離飛翼 ~サヨナラノツバサ~ リゾット・ネエロ 1 044 killing me softly ◆4eLeLFC2bQ ティッツァーノ 4 045 夜、不穏、病院にて ◆Rf2WXK36Ow 051 寂しい半球、歪な全球 ◆3uyCK7Zh4M 084 『日陰者交響曲』 ◆c.g94qO9.A 089 Requiem per Mammone (前編) ◆c.g94qO9.A Requiem per Mammone (後編) スクアーロ 10 043 デッドマン・ウォーキング ◆SBR/4PqNrM 070 Beyond the Bounds ◆Rf2WXK36Ow 074 どうぶつ奇想天外ッ! ◆wKs3a28q6Q 097 君は引力を信じるか ◆c.g94qO9.A 133 最強 ◆yxYaCUyrzc 138 裏切りの虹村形兆 ◆c.g94qO9.A 148 大乱闘 ◆c.g94qO9.A 157 デュラララ!! -裏切りの夕焼け- ◆vvatO30wn. デュラララ!! -コンプリケイション- 173 無粋 ◆yxYaCUyrzc 174 されど聖なるものは罪と踊る ◆/SqidL6HL. チョコラータ 7 017 腐れ外道とチョコレゐト ◆Osx3JMqswI 059 空気 ◆yxYaCUyrzc 097 君は引力を信じるか ◆c.g94qO9.A 133 最強 ◆yxYaCUyrzc 138 裏切りの虹村形兆 ◆c.g94qO9.A 148 大乱闘 ◆c.g94qO9.A 156 HUNTER×HUNTER ◆vvatO30wn. セッコ 13 054 心全て引力 ◆3uyCK7Zh4M 094 羊たちの沈黙 (上) ◆vvatO30wn. 羊たちの沈黙 (下) 115 死亡遊戯(Game of Death)1 ◆SBR/4PqNrM 死亡遊戯(Game of Death)2 129 AWAKEN ― 乱 ◆c.g94qO9.A 145 GANTZ ◆vvatO30wn. 148 大乱闘 ◆c.g94qO9.A 156 HUNTER×HUNTER ◆vvatO30wn. 173 無粋 ◆yxYaCUyrzc 174 されど聖なるものは罪と踊る ◆/SqidL6HL. 186 ブレイブ・ワン ◆HAShplmU36 194 キングとクイーンとジャックとジョーカー ◆c.g94qO9.A 196 目覚めぬ者に夜明けは来ない ◆LvAk1Ki9I. 205 化身 ◆yxYaCUyrzc ディアボロ 1 001 HEROES ◆c.g94qO9.A
https://w.atwiki.jp/holyland4/pages/576.html
『”The Transfer”No.8』 ──────────乾く──────────渇く──────────。 意識が、存在が消滅してゆく中で、ルガーの全身を占める感情は渇望だった。吸血鬼という不浄な魂でさえ、生への執着は強い。消えてなるものか、という強い意志が現世へとしがみつく。 だが、それも時間の問題。聖なる力に打ち倒され、己の力が拡散してゆく感覚は自ら霧化するものとは全く異なり、いくら念じても肉体は戻ってこない。牙が、爪が、力が喪われてゆく。 灰は灰に、塵は塵に。 抵抗虚しく散りゆく血の華はしかし、運命の奔流に巻き込まれて再び蘇る。 僅かに聞こえた声。 仄かに香った芳香。 微かに映った姿に、彼女は最後の力を振り絞ってむしゃぶりついた。 小さな悲鳴や抵抗も、彼女には何の抑止にもならなかった。獲物を押さえつけ、地に引き倒すと自らもその上に倒れ伏す。立ち上がる時間も力も惜しんで、口を開いた。 肉を引き裂く鋭い牙は鈍り、それでも渇望を満たそうと吸いつく。 思えばこの時既に、兆候は現れていたのかもしれない。 慣れ親しんだ乙女の血潮ではない、別種のもの。 生命エネルギー。精気と呼ばれるものの直接摂取だけが唯一彼女の存在を現世へと繋ぎ止める手段だった。それを無意識に悟り、己のあるべき姿を変えていた。 吸血鬼から吸精鬼への変態。 無我夢中で頬張った先端から滲み出る精気を求め、ルガーは乳飲み子のように舌を絡めてはより一層の分泌を促す。吸精鬼としての本能は目覚めたばかりでも過たず本人の望みに応じ、本職の高級娼婦も敵わぬ巧妙な技巧を発揮してゆく。 やがてその努力は実を結び、彼女の口内へと精気が放出された。 血よりも濃厚で、甘美で、そして芳醇。 初めての事ゆえに予想以上に大量に流れ込んできた精気を、それでもルガーは懸命に啜り、飲み干してゆく。一滴も無駄にせず、その全てを力に変える為に。蘇る命の糧に。 満たされてゆく欲望に、彼女は達した。 吸精処女を捨て、吸精鬼へと完全変態を遂げた彼女は未だ口内に残る精気のねっとりとした残滓を自らの唾液と混ぜ合わせ、くちゅくちゅと撹拌してはその味わいを高級ワインのように楽しむ。絶頂に震える肢体に染み渡らせるように。 初めての吸精体験は長年を生きた彼女にとっても刺激的過ぎて、精気を絞り出す行為も、精気を受け止めた衝撃も、精気を余すところ無く味わう歓喜も、全てが吸血行為を上回る快楽であり、一度味わってしまえばやめられない経験──────────いや、それは既に麻薬だった。 そして、本能的に理解していた。全て、この相手があってこそのものだと。 野球少年が初めてのホームランを生涯忘れないように。 恋する乙女が初めてのキスをずっと大切な思い出とするように。 吸精鬼として初めて賞味した精気は彼女の新しい身体を構築し、隅々まで行き渡り──────────最早、それなしではいられない精気中毒に。獲物とした筈が絡め取られ、逆に獲物の虜へと変えられていた。 ルガーが恍惚の忘我から復帰した時には既にその相手は姿を消していたが、突然襲ったようなものなのでそれも無理からぬ話だと彼女はさして気にしなかった。 それに。 その眼は覚えている。自分を気遣う心配そうな表情と、精気を放出した時の切なくも恥ずかしそうな少女の顔を。 その鼻は覚えている。爽やかに甘酸っぱい、少女の汗の匂いと生々しい精気の香りを。 その舌は覚えている。瑞々しい少女の肌触りと、溢れ出た精気のこってりと濃厚な味わいを。 そして、その身体は覚えている。吸精の喜悦に打ち震え、精気を受け止めた快感を。欲望を貪った自身の絶頂を。 それゆえに、次に取る行動は既に決まっている。 精気依存への警鐘は鳴り響かない。 何故ならそれを除いては、彼女の渇きを潤す事は世界中のどんな美酒をもってしても不可能だと、彼女自身がどうしようもなく自覚してしまっていたからだった。 <了>